3


スッ

 机に向き合っている時に、書類を差し出されて。

「…」

 何です? と言わんばかりに、は首を傾げた。

 目の前に立っているのは、隊長である日番谷冬獅郎。

「これ、十一番隊に届けてくれるか?」

 初めは、を十番隊へ移動させる事に、正直戸惑っていた。

 耳が聞こえない… 音を失くした少女。

 腕が立つと言えど、耳が聞こえないと言う事実が、他の者との連携を鈍らせる。

 そう思っていたのだ。

「…」

 日番谷の言葉に、は元気に頷いた。

 書類に走らせていたペンを止めて、席を立つ。

「どうせなら、少しゆっくりして来てもいいぞ。」

「…」

 その言葉に、はにこりと笑ってもう一度大きく頭を下げた。

 パタパタと、十番隊執務室を出て行くその背中を見送って。

「…ふぅ。」

 日番谷は小さく息を吐いた。

(…本当に… 耳が聞こえないんだよな…?)

 そんな疑問すら抱く。

 唇の動きを読んで、こちらが言いたい事は大体わかってくれる。

 業務に関しては、何の障害もなかった。

(さて。 俺も出掛けるか…)

 席を立った。

「松本! 何かあったら、連絡しろよ!」

 副官にその言葉を残して、執務室を去る。

 向かう先は、繁華街。

 ある物を、購入する為だ。









カラッ

 十番隊執務室のドアが開いた。

「あ、隊長! おかえりなさい!」

 日番谷が入るなり、さっと何かを隠した松本。

「………」

 また雑誌でも読んでいたのだろうと思ったが、怒ったところでどうにもならないのを知っているので何も言わない。

 小さく息を吐いて、日番谷は視線を上げた。

「…戻ってたのか。 思ってたより早かったな。」

 が席に座っている。

「隊長が戻る、ほんの少し前に戻ったばかりですよ。 やちるが一緒にココまでついて来て、すごく賑やかでしたよ。」

「そか。」

 短くそう答えて、日番谷はそのままの机に歩み寄った。

 その気配を感じたのだろう、が顔を上げた。

「………」

 何です? と言わんばかりに、首を傾げる。

 日番谷は、一度まばたきをした。

 ゆっくり、言葉を探す。

「コレ…」

 すっと、包みを差し出した。

 日番谷の顔色を伺って、が首を傾げる。

「開けてみろ。」

 日番谷に言われるままに、包みを開けた。

 中から出て来たのは…

 小さなランプと、鈴。

「???」

 訳がわからない。

「いいか…」

 座っているに目線を合わせるように、日番谷は屈んだ。

「こっちのランプは、俺がお前に用がある時に呼ぶためのものだ。 俺の持ってるこのスイッチで、光るようになってる。」

 そう言って、手の中のスイッチを押した。

 の机の上で、ランプは赤く光っている。

「コレが光ったら、俺の所に来い。 わかったか?」

「………」

 日番谷の言葉に、は小さく頷いた。

「よし。 で、こっちは…」

 鈴を手にとって、の目の前にかざす。

「お前が、用がある時に鳴らせ。」

 突然の日番谷の言葉に、はきょとんと首を傾げた。

「あ〜… だから…」

 日番谷は少し困ったように、ぽりぽりと頭を掻いた。

「たとえば、"ただいま"だとか、"行って来ます"だとか… 何でもいいんだよ。 俺を呼ぶ時でもいい。 何かあったら、鳴らせ。 いいな?」

 はしゃべらないから。

 自分の意思表示をしたい時や、存在を知らせたい時にでも鳴らしてくれればいい。

 そう思って買って来た鈴である。

「………」

 日番谷の心境を悟ったのだろうか。

 は大きく頷いて、にこりと笑った。

『ありがとう。』

 そんな声が聞こえたような気がして、日番谷はゆっくりとまばたきをした。

 鈴をどこに付けるかとしばらく観察していたら。

 は、斬魄刀の柄にそれを付けた。

 予想もしていなかった場所なだけに、さすがの日番谷も驚いて。

「…オイ… そんな所に付けたままで、虚退治に行くつもりか? 危ないじゃねー…」

 日番谷の声を、ぴっと人差し指を立ててが遮る。

『だーいじょうぶ!』

 まるでそう言っているような笑顔で…

「はぁ… 好きにしろ…」

 日番谷はぽりぽりと頭を掻いた。

 何か… 調子が狂う。

 最近、よくそう思うようになった。


back