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『ハッ、ハッ、ハッ…』

 駆けていた。

 だが、それが何故だかわからない。

『ハッ、ハッ…』

 必死だった。

 だけど、追われているのか追っているのか、それもわからない。

 怖くて苦しくて… 悲しみに押し潰されそうだった。

 だから、それらを紛らわせるかのように必死に駆けていた。

(イヤ…っ! 絶対イヤ…!)

 何が嫌なのか、それもわからない。

 だけど。

 あたしは…

 確かに泣いていたんだ… ―――――――













「………」

 朝だった。

 カーテンの隙間から差し込む眩しい明かりに、は眉を寄せた。

「あ〜、も〜…」

 がしがしと、少し乱暴に頭を掻く。

「一体何なのよ…」

 ただの夢だけど、"夢"ではない。

 細胞が語りかけているかのような、遠い昔の記憶…

「思い出せ、あたし…」

 は唇を噛んだ。

「夢なんかじゃない… だって、ただの夢なら… あたしはこんなに泣いたりしない…」

 大きな瞳からは、ぽろぽろと涙が零れていた。

 胸が痛い。

 だけどそれ以上に。

 何か、とても大切なものを見失っているだろう今の自分が悔しかった。













「………」

 流れ行く雲を見て、浦原は煙を吐き出した。

「な〜んか…」

 ゆっくりと、煙管を吸い込む。

「…荒れそうっスねェ…」

 その瞳が悲しげに揺れた。

「…上がっていきますか? サン。」

 店ではなく、直接浦原を訪ねたのはだった。

 その表情は、いつもとは明らかに違い、どこか思いつめているように見える。

「…アタシに、聞きたい事がありそうっスねェ?」

 そんなを前にしても、浦原はいつもと変わらない様子だった。


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