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「ここにいたんですかい、隊長。」

 その声に、は振り返る事もせずにただ溜息を吐いた。

「な・ん・の・よ・う・だ・?」

 不機嫌丸出しのその声に、西道は首を竦めた。

「ソイツ、どうするつもりで?」

 と、の腕の中の小さな生き物を指差した。

 麒麟である。

「…どうするも… 今のこやつは赤子も同然。 ほとんど力をもっておらぬ。」

 腕の中のそれの、頭を撫でた。

「私には大分懐いているし、しばらくは飼いならしてやるつもりだ。」

「…花も育てた事のないアナタが、動物を育てられるんですかい?」

「…黙れ。」

 西道は小さく首を竦めて、の側に腰を下ろした。

 は一度、軽く西道を睨んだが、すぐに視線を戻し。

 何か考えているのだろう、ぼーっとしている。

 じっとその横顔を見つめて、西道が口を利いた。

「心配しなさんな、俺はしぶといですから。」

 突然の声に、は目をぱちくりさせて西道を見据えた。

「アナタの見てない所で傷付き倒れるほど弱くないし、アナタに護ってもらわなきゃならないほど弱くもない。」

 金色の瞳がまっすぐにを見据えた。

「アナタの力が暴走した暁には、全力を持ってそれを止めます。 だから、アナタの憂いは何もない。 でしょう?」

 柔らかい風が二人の頬を撫でる。

「…好きにしろって言われたんで、どこまでもアナタについて行きます。 俺、しつこいんで。」

 じぃっとを見据えて、西道は細く笑った。

「逃げ切れると思わないで下さいね。」

 は小さく息を吐いた。

「………勝手にしろ。」















「…私には解りません。 何故、あの者をの許に?」

 一番隊・隊主室。

 窓の外。

 並んで座る二人の後姿をじっと見据えて、白哉が口を利いた。

 白哉が持って来た書類に目を通しながら、総隊長がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…似ておるのじゃよ、あの二人は。」

 白哉が総隊長を見据えた。

「…それぞれが今までに背負うて来たものが大き過ぎたのじゃ。 鏡を見れば、己に欠けている物が、おのずと見えて来るじゃろう。」

 長い髭を撫でて、書類から窓の外へ目を移す。















「隊長、飼うんだったら、コイツに名前付けましょうよ。」

 西道の声に、は小さく首を振った。

「名なら、もう決めている。」

「へぇ… 何て言うんです?」

 腕の中。

 小さく小首を傾げて自分を見上げる、真紅の瞳。

 それを見て、は細く笑った。

「瑪瑙(メノウ)だ…」















「…欠けている物… ですか…」

 白哉が呟く。

「そうじゃ。 それは戦いの最中にて己自身はもちろん、周囲の者までもひどく傷付ける事になるじゃろう…」

 総隊長は目を細めた。

「…して、そちらの書類は?」

 白哉が首を傾げる。

 先程から、総隊長が眉を寄せている書類。

 一体どんな面倒事が記されて…

じゃよ。」

 総隊長は溜息を吐いた。

「西道を副官にしてやるから、代わりに零番隊の隊舎を造れと言い出しおった。 全く… ただでは起きんヤツじゃわい…」

 ピンっとその書類を指で弾いた総隊長に、白哉が首を竦めた。

「…らしいですね。」















がぶっ

「いっ…!!!」

 指を噛まれて、西道が声を上げた。

「このヤロ…!」

 の腕の中の、瑪瑙に手を伸ばす。

「あ、コラ! 指を噛まれたくらいで、大人げないぞ!」

 その手を交わして、はぎゅっと瑪瑙を抱き締めた。

「大体、指を出す貴様が悪いのだ! 瑪瑙が貴様を嫌っていると言う事は、貴様も知っているだろう。」

「俺だって殺されかけたんっすよ! 両成敗で水に流そうってのにこの仕打ち… しかも隊長にベタベタして気に入らねえ…」

 西道の言葉を待たずに。

タッ

 は駆け出した。

「行くぞ、西道! 三番隊まで競争だ! 負けた方が残業だからな!」

「あぁっ! 隊長、ズリィ! 待って下さいよ…!」















「今はまだ… それぞれが小さな欠片でしかないが…」

 窓の外。

 元気に駆け出す、と西道と、瑪瑙…

「いずれ、尸魂界の未来を担う、大きな力となるじゃろう。」

 防人一族と四聖族。

 忌み嫌い、憎み合っていた両一族が手を取れば。

 その力は無限。

 どこまでも歩んで行けるだろう。

「………しかし、まぁ…」

 総隊長は疲れたように息を吐いた。

「…随分と、歪な欠片が集まったものよのぉ…」

 来るべき戦いに備えて。

 今はまだ、しばしの休息を。


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