花太郎が叫んだ。 「さんっ!!」 その声に、は我に返った。 屋根の上から、まっさかさまに落ちている。 (数秒間気を失っていたか… 山田がいて良かった…) ちらっと視線を投げるが、あの生き物の姿はどこにも見えない。 とりあえず、無事に着地するために。 意識をハッキリさせようと、軽く頭を振っ… ふわっ は眉を寄せた。 (白い… 風…) それに身を包まれたと思った次の瞬間。 タッ 何者かに抱えられ、花太郎の側に戻って来た。 「大丈夫ですか?」 その声に、昔の記憶が一瞬だけ甦った。 「喜…!」 浦原でないと知っていながら、咄嗟にその名が出そうになる。 黒曜石の瞳に映ったのは… 白髪で金色の瞳を持った、一人の男。 見覚えはない。 「さん!」 花太郎が駆け寄る。 男はを抱えたまま、にこりと微笑んだ。 「お怪我はありませんか?」 聞き覚えのない声。 普通の少女なら、助けられた礼を述べるだろう。 だがは、思い切り眉を寄せた。 ガッ 男の胸元を掴んで、そのまま両手で放り投げる。 突然のの攻撃にもまったく動じず、身を反転させて無事に着地して。 男は小さく首を竦めた。 「なるほど。 話に聞いた通り、短気な方だ。」 いつまで抱えておる、無礼者! そう怒鳴り付けようとしたが、言葉を飲み込んだ。 この男が、いつの間に近づいて来たのか。 その気配を感じることが出来なかった。 「…何者だ?」 花太郎を背後に庇いつつ、言葉を投げる。 の声に、金色の瞳が細められた。 ザッ 男はその場に膝を折って、頭を垂れた。 突然すぎるその行動に、は眉を寄せ。 花太郎はただ驚いて、とその男を見比べている。 温い風が吹いた。 「元柳斎殿に既に聞いていると思いますが、しばらくご厄介になります。」 頭を垂れたまま、男は続けた。 「お初にお目にかかります、殿。 西道 秋(サイドウ シュウ)にございます。」 艶やかな髪を風に遊ばれながら、は目を細めた。 「生憎だが、私にその気はない。 どう言うつもりか知らぬが、諦めて大人しく帰れ。」 まともに話も聞かずに、吐き捨てる。 「あの、さん… 初対面の方に厳しすぎるんじゃないでしょうか… 仮にも助けてくれたのに…」 西道と名乗った男を哀れんだのだろう。 花太郎がを嗜める。 「気にしませんよ。 女性にあしらわれるのには慣れていますから。」 西道は細く笑った。 踵を返して歩き出した。 花太郎がまばたきをした一瞬の内にその背後に忍び寄り。 トンと、首筋を突いた。 カクン 突然、体に力が入らなくなり、はその場に座り込んでしまった。 (な…ッ…?) 西道を睨み上げるが、強力な縛道でも使われたのだろう。 声も出ない。 「お疲れのようですね、殿。」 西道は口元だけで細く笑った。 (こやつ、白々しく…) 唇を噛んだを見て、小さく首を竦める。 西道はの側に膝を折った。 「…今ので気を失わないなら、大したもんだな… ヤツが狙う訳だ…」 耳元に囁く。 (な…) じっと、金色の瞳を見据えた。 その瞬間。 意識が闇に沈んだ。 「さん!!」 花太郎の声が、遠くで聞こえた気がした。 |