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「麒麟…?」

 は眉を寄せた。

 西道がじっと、その顔色を伺う。

「体は鹿に似て牛の尾と馬の蹄を持ち、額の中心に一本の角を持った、伝説上の神獣です。」

 はハッとした。

 精神の世界で二度、それに襲われている。

 その一瞬の表情の変化を見逃さずに、西道は続けた。

「我々四聖族は四方それぞれに聖獣を祭り、その中心に麒麟を祀っていました。 ですが…」

 目を細めて、じっとを見据える。

「…結論から申します。 麒麟は今、我を忘れて暴走している。 そして、ヤツが狙うのが…」

 は眉を寄せた。

「…私… だと言うのか? バカな…!」

「…ヤツはより巨大な力を求めて人を襲っているのです。 現に、四聖族は皆、ヤツに喰い殺されました。」

 西道は続けた。

「神獣を倒す事が出来るのは、聖獣のみ。 貴殿では、麒麟を傷つける事は出来ません。」

 は息を飲んだ。

 この数日の間、瀞霊廷より離れたずっと遠い地で、巨大な霊圧同士がぶつかっている事には気付いていた。

 それが麒麟と四聖族との争いだったのだろう。

 だが、この男の話が真実ならば…

「………」

 黒曜石の瞳が揺れた。

「…四聖族は… 麒麟に何をした?」

 の声に、金色の瞳が妖しく揺れた。

「気高き神獣が、我を忘れて暴走するなど考え難い。 何がそこまで、麒麟を追い詰めたのだ?」

 護神刀を護ると言う使命にあった防人一族は。

 ある"禁"を犯した。

 その結果、王族にも護神刀自身にも見放され、滅ぶ事になったのだ。

 己が撒いた火種は、必ず己自身に還って来る。

 自身が、身を持って経験した事である。

 西道は何も言わなかった。

「…口に出せぬような事か………」

 の声は冷たい。

「…都合がいいのは百も承知です。 ですが、ヤツがその姿を現すまで、貴殿の側にいる事をお許し願いたい。」

 西道は深く頭を下げた。

「………」

 風に髪を遊ばれながら、は小さく息を吐いた。

「…肝心な事は何一つ言わず、私を餌に麒麟を誘き出そうと言うのか…」

 不機嫌そうに目を細めて、じぃっと西道を見据える。

「ふざけるな。」

 吐き捨てた。

「そもそも私が狙われる理由が判らぬ。 麒麟が何故、力を欲するのだ?」

「それは………」

 西道が何か言いかけた時だった。

カツ

 蹄の音に、弾けたように振り返る。

 今度はまやかしではない。

 神獣・麒麟の姿がそこにあった。


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