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「………」

 一瞬、市丸が眉を寄せた。

 それに気付いた藍染が、細く笑う。

「心配いらないよ。 この程度で、君は死んだりしない。 だから、彼女は封印されていたんだ。」

 途切れそうな意識の中、藍染の声だけがの脳裏を支配する。

「ただ、この失血ならしばらくは動けないだろう。 簡単に事が運んで良かったよ。」

(藍染… 何を………)

 偽りの死と、突然の裏切り。

 一体何をしようと企んでいるのだろう。

「…やはり此処でしたか、藍染隊長。」

 突然の声。

「…いえ。 最早"隊長"と呼ぶべきではないのでしょうね。 大逆の罪人 藍染惣右介。」

(…この声は………)

 は息を飲んだ。

 その場に現れたのは卯ノ花だった。

 副官である、虎鉄勇音がすぐ側に控えている。

「どうも、卯ノ花隊長。 来られるとすれば、そろそろだろうと思っていましたよ。」

 藍染はいつもと変わらぬ口調で話している。

「すぐに此処だとわかりましたか?」

 卯ノ花が真っ直ぐに藍染を見据えた。

「如何なる理由があろうとも立ち入ることを許されない、完全禁踏区域は瀞霊廷内にはこの清浄塔居林ただ一箇所のみ。」

 一度言葉を切って、続ける。

「貴方があれほどまでに精巧な「死体の人形」を作ってまで身を隠そうとしたのなら、その行く先は瀞霊廷内で最も安全で見つかりにくい、ここを置いて他はありません。」

 藍染が細く笑った。

「惜しいな。 読みは良いが間違いが二つある。 まず一つ目に、僕は身を隠す為にここへ来た訳じゃない。 そしてもう一つは ――― これは「死体の人形」じゃあ無い。」



 いつの間に取り出したのだろう。

 藍染の手には、卯ノ花の言った「死体の人形」があった。

「…い… いつの間に…!」

 驚きを隠せない。

「何時の間に? この手に持っていたさ。 さっきからずっとね。 ただ… 今この瞬間まで僕が、そう見せようとしていなかっただけのことだ。」

 藍染の声に、卯ノ花も勇音もただ驚いて言葉を探せない。

「砕けろ 『鏡花水月』 。」

ドン

 卯ノ花も、勇音も目を疑った。

 その人形は斬魄刀へと姿を変えて、藍染の手に収まっている。

「僕の斬魄刀 『鏡花水月』 。 有する能力は、『完全催眠』だ。」

 勇音が、眉を寄せた。

「…嘘… だって、鏡花水月は流水系の斬魄刀で…」

 以前、藍染は皆の前でその斬魄刀を解放して見せていた。

「…成程… それこそが… 催眠の"儀式"と言う訳ですか。」

 卯ノ花が真っ直ぐに藍染を見据える。

「御名答。」

 藍染は続けた。

「『完全催眠』は五感全てを支配し、一つの対象の姿・形・質量・感触・匂いに至るまで、全てを"敵"に誤認させることができる。」

(敵…だと…)

 が眉を寄せた。

 何故だろう、少しも体に力が入らないのに、意識だけは冴えていた。

「そして、その発動条件は、敵に鏡花水月の解放の瞬間を見せる事。」

 実際に、も一度、藍染の斬魄刀の解放を目に見ている。

「一度でもそれを目にした者はその瞬間から完全催眠に堕ち、以降僕が鏡花水月を解放するたび完全催眠の虜となる。」

「一度でも目に…」

 卯ノ花が息を飲んだ。

 一人の男が、脳裏に浮かび上がった。

 つまり、眼の見えない者は最初からその術に堕ちる事はないと言う事。

「…つまり最初から、東仙要は僕の部下だ。」

「………」

 卯ノ花が眉を寄せた。

「…さんを、どうするおつもりですか?」

 藍染の腕の中で、血塗れになっている

 最悪の事態が、卯ノ花の脳裏を過ぎる。

君には、僕の協力者になって貰おうと思ってね。 一緒に連れて行く事にしたんだ。」

(協力者…?)

さんが協力などするとお思いですか? その手をお放しなさい。」

 卯ノ花が藍染を睨み据える。

 藍染は細く笑っているだけで、動かなかった。

「貴方にさんを渡すわけには行きません。 …私がお相手致しましょう。」

(ダメだ… 卯ノ、花……… やめろ………)

 が眉を寄せた。

 卯ノ花を止めたいが、体が言うことを利かない。

「…残念だけど、君と戦っている時間なんて、僕にはないんだよ。」

 藍染がそう言うや否や。

 市丸が何処からともなく、布のような物を出し、それで自分達の体を包んで行く。

 卯ノ花は目を見張った。

「…最後に褒めておこうか。 検査の為に最も長く手を触れていたからとはいえ、完全催眠下にありながら、僕の死体にわずかでも違和感を感じたことは見事だった。 卯ノ花隊長。」

 藍染が続ける。

「さようなら。 君達とは、もう会う事もあるまい。」

ダン

「待て…」

 勇音駆け出すと同時に。

バンッ

 大爆発が起こった。

さん…!」

 遠くで、卯ノ花の声が… 聞こえた気がした。









「げほっ げほっ」

 付き煙の中、恋次が咽る。

「な… 何だってんだ、一体―――…」

 目を凝らして辺りを見回した。

「…何だ…? ここは… 双極の丘 …?」

 ルキアを抱えて逃走中の恋次の目の前に、突然現れたのは九番隊隊長の東仙。

 その術によって、この場につれて来られたらしい。

「ようこそ、阿散井くん。」

 懐かしい声に、己の耳を疑う。

 ゆっくり振り返った。

 そこには。

「朽木ルキアを置いて、退り給え。」

 藍染が佇んでいた。


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