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(ルキア…!)

 が唇を噛んだ。

 藍染はその首輪を掴んで、ルキアを持ち上げた。

「…ああ、そうか。 僕の霊圧にあてられて、体が弛緩してしまっているのか。」

 混乱と恐怖に思考を支配され、ルキアは何も言えない。

「なに、気にすることはないよ。 自分の足で歩かせた方が、僕が楽だと言うだけの話だから。」

チリッ

 ふと、藍染が眉を寄せた。

「…っ…!」

 市丸の腕の中で、が身を捩った。

「やれやれ、困った子だ。」

 藍染が小さく息を吐く。

「あまり君に無理をして欲しくないんだ。 これからは仲間として、共に戦って行く君にはね。」

 が眉を寄せた。

(仲間…だと…?)

「誰…が…っ…!」

 日番谷を、雛森を… 恋次も一護も斬り捨て、そして今、ルキアを殺そうとしている藍染の仲間など、誰がなるものか。

 その心情を読んだのだろう。

 藍染が首を竦める。

「…尸魂界には、ある男が開発したとても便利な道具がある。 記憶置換だ。 君も知っているだろう。」

 記憶をランダムに入れ替える装置である。

 が唇を噛んだ。

 その男の事は、嫌と言うほど良く知っている。

「そうだね、恋人にでもなって貰おうか。 それが一番簡単で扱いやすい。」

 を使って、何をしようと言うのだろう。

「君の記憶を操作するなんて容易いよ。 彼は、実に有能な技術開発者だった。」

 が眉を寄せた。

「お前がっ… 何を知って、アヤツを語る…!」

「知っているさ。 防人(きみ)に関わったがために尸魂界を追放された、馬鹿な男だ。」

 吐き捨てるような藍染の声。

 が唇を噛んだ。

 何故、彼が軽視されているのだろう。

 悔しい。

 腸が煮えくり返るような気分だ。

「馬鹿呼ばわりした男の技術に縋るのか…」

 冷たい声で、が細く笑った。

「有能な者を妬むのは… お前が無能だからだ、藍染。」

 今この場で、が藍染を挑発して、何一つ得はない。

 だが、大切な友が侮辱されたのだ。

 黙っていられなかった。

 藍染が眉を寄せた。

「随分じゃないか、くん。」

ザッ

 少女の許へ歩み寄る。

 をじぃっと見据えるその瞳は、不機嫌そうに揺れていた。

「事が済めば恋人同士になるって言うのに… 仲良くしようじゃないか。」

 市丸の手から、の体を持ち上げて…

 そのまま有無を言わさず唇を奪った。

「…っ…!」

ガリッ

 思う通りに体が動かないので、精一杯の反抗なのだろう。

 がその唇を噛んだ。

 藍染が軽く口元を拭って、目を細めた。

「…ナマイキだね、君は。」

 飼い犬に手を噛まれたような心境だ。

バシッ

 小さな体を投げ捨てた。

「っ…! げほっ… げほっ…」

 そのまま強く地面に叩き付けられて、器官に血が入ったのだろう、軽く咽る。

ガシャ…ッ

 わずかな物音に反応して、藍染が振り返った。

グ…ッ

「はっ… はっ… はっ… はっ」

 息を必死に繋ぎながら、一護が起き上がろうとしていた。

(! ――― 一護 ―――…!)

 ルキアが目を見張る。

「可哀想に。 まだ意識があるのか。」

 そう呟く藍染の瞳は冷たい。

「実力にそぐわぬ生命力が仇になっているね。」

 一護の全身からは滝のような汗が吹き出ていた。

 その様子に、心底同情したように藍染が続ける。

「だが、無茶は止した方がいい。 君の体は今、背骨で辛うじて繋がっている状態だ。」

 いくら足掻いても、立ち上がる事なんて出来ないだろう。

「良いじゃないか。 君達は、もう充分役に立った。 そこで大人しく横になっていたまえ。 君達の役目は終わりだ。」

 一護が眉を寄せた。

「…役… 目……… だと……!?」

「そうだ。 君達が侵入してくることはわかっていた。 その場所もだ。」

 藍染はそのまま続けた。

 西流魂街に現れると言うこと。

 その付近に監視を置き、すぐに瀞霊壁を落としたこと。

 門の内側に、三番隊と九番隊を向わせて、市丸に直接追い払わせたこと。

「瀞霊壁が下がり、内側に隊長格がうろついているとなれば、残る侵入方法は志波空鶴の花鶴大砲しかない。」

 が眉を寄せる。

(全て… 藍染の掌で踊らされていたと、言うのか…?)

「派手な侵入だ。 しかもその侵入者は、隊長格が取り逃がす程の実力者。 否が応でも、瀞霊廷中の死神の目はそちらへ集中する。」

 藍染が一護を見据えたまま続けた。

「実際、廷内進入後の君達の活躍は素晴らしかったよ。 お陰で隊長が一人殺されても、大した騒ぎにならずに済んだ。 実に、動き易かった。」

 一護は困惑していた。

「ま… 待て… あんた… なんで俺達が… 西流魂街から来るって、わかってたんだ…?」

 藍染が眉を寄せた。

「…おかしな事を訊くね。 決まってるだろう。 西流魂街は浦原喜助の拠点だからだよ。 彼の作る穿界門で侵入できるのは、西流魂街だけだ。」



ドクン ―――



(浦…原… 喜、助………)

 が息を飲んだ。

 後ろめたいのだろうか。

 その名前を聞いただけで、体が凍りついたように動かない。

「…な…」

 一護には、益々訳がわからなかった。

 藍染が面食らったように首を傾げる。

「…何だ、その顔は。 君達は彼の部下だろう? 君達は浦原喜助の命令で、朽木ルキアを奪還に来たんじゃないのか?」

 一護の呼吸が止まった。

「…ど… どういう…」

 浦原は何も告げてはくれなかった。

 一体ルキアと浦原、そして藍染の間に、何があると言うのだろう。

「…成程。 どうやら何も訊かされてはいないようだ。 …まあ良い。 最後だ。 僕が教えておこう。」

 藍染が一護を見据える。

「死神には、基本的な四つの戦闘方法があるのを知っているかい?」

 藍染は説明を続けているが、それはには聞こえていなかった。

『…諦めませんよ。 必ず助けて差し上げます。』

(喜助…!)

 胸が苦しくて張り裂けそうだ。

『待っていて下さい、さん。』

 キツク、唇を噛んだ。

「つまりは、そこが死神の限界だ。 ならば、そこを突破して全ての能力を限界を超えて強化する方法は無いのか? あるんだ。 ただ一つだけ。」

 が言葉を飲み込む。

「それは、死神の虚化だ。」



ドクン ―――


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