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 何事もない平凡を幸せと呼ぶなら。

 二百年前の友と過ごしていた日々は、少女にとって幸せだったのだろう。

 夜一や喜助、海燕や空鶴、そして白哉…

 少女が友と認めた者達は皆、いい奴等だった。

 技術開発局を創立し、自ら局長を務めるようになった浦原喜助。

 局に篭る時間が長くなり、これまでのように頻繁に遊びに行く事は出来なくなった。

 おまけに、夜一も巻き込んで数日 留守にすると言っていた。

 は一人暇を持て余していた。

 一族のに対する仕打ちは相変わらずで…

「…今日は… 久しぶりに白哉の顔を見に行くか…」

 里を抜け出し、朽木の敷地内に無断で忍び込む。

 霊力がないと言うのは、こうして悪い事をする時にはとても便利だった。

 誰にも、見つからない。

 朽木の敷地内の、一番高い木に登る。

 ここは空が近くて、のお気に入りの場所だった。

 誰も気付かないのに… 何故だろう?

 浦原と…

。」

 名を呼ばれ、が視線を落とした。

「そんな所で何をしている? 下りて来い。」

 浦原と… 朽木白哉には、すぐにわかってしまうらしい。

 それが、少し嬉しかった。

 幼い頃から、白哉はの特別だった。

 自分に差し伸べられた、小さな手。

 それを握り返した時、人の手が温かい物だと初めて知った。

 白哉がじっとを見据える。

「…直に当主を継ぐ事になる。」

 突然の声に、はわずかに首を傾げた。

「知っている。 それがどうした? 今更イヤになったのか?」

 幼い頃から、白哉は四大貴族の次期当主としての教育を受けて来た。

 そんな事はも知っている。

「…当主を継ぐと言う事は、妻を娶らねばならんのだ。」

「…妻? け、結婚するのか、白哉…?」

 胸が痛んだのは何故だろう。

「ああ。 これよりその者を連れて行かねばならぬ。」

 白哉が真っ直ぐにを見据えた。

「私は… お前を迎えに来たのだ。」

 の小さな手を取り、一つ優しく口付ける。

 突然すぎるプロポーズに、は言葉を探せなかった。

 霊力を持たない、名前だけの防人一族。

 自分を妻に迎えるなど…

 その行為は、きっと朽木の名に泥を塗る。

 白哉の重荷にはなりたくなかった。

 それでも。

「私の妻になれ、。 二度は言わぬぞ。」

 朽木家に代々伝わる指輪を渡されて、半分惚け気味で里に戻った。





 幸せは、突然崩れ行く。





ドン

 突然の衝撃に、は己の目を疑った。

 たった今、目の前で…

 一つの一族が消えた。

 空がひび割れて、そこから大虚が姿を現す。

「大虚…?」

 は目を疑った。

「…何だ、アレ…?」

 半分、面を剥いだ虚。

 その霊圧は、大虚とは比べ物にならないほど邪悪である。

 突然の襲撃に、逃げ回る防人一族。

 それを、大虚が襲う。

 一瞬にして、目の前に赤い華が咲いた。

 鼻に付く血の匂い。

「…っ…!」

 が眉を寄せる。

 母親に殺されかけた時も、同じ色に目を奪われた。

 怖くなって、動かない足を奮い立たせて、その場から逃げようと踵を返すと。

「…!?」

 そこには、一体の仮面を剥いだ虚が立っていた。

 破面(アランカル)と呼ばれるそれを、は知らない。

『…護神刀はどこだ?』

 凍るような冷たい声に、呼吸を奪われた。


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