長く伸びた、冷たい回廊。 腕を拘束され、四人の人物に囲まれるように、少女が歩いている。 黒曜石の瞳は冷たく、自分の足元だけをじぃっと見ていた。 突き当たりの開けた場所で、それらは足を止めた。 『さぁ…』 一人に促されて、少女が歩み出る。 その場の中心らしき場所で、少女が足を止めた。 拘束されている小さな両手は、幾重にも布や鎖が巻かれた斬魄刀を握っていた。 『何か残す言葉はあるか?』 すっと、視線を上げた。 ゆっくりと見回すが、愛しい者の姿はない。 おそらく、もう会う事もないだろう。 少女は、ゆっくり瞳を閉じた。 呪(じゅ)を唱える声が聞こえる。 『…諦めませんよ。 必ず助けて差し上げます。 待っていて下さい、さん。』 最後に聞こえた声は…。 いつも自分を励ましてくれた優しい声だった。 すっと。 目を開けた。 見慣れない天井。 は首を傾げた。 体を起こそうとするが、無理が祟ったのだろう。 力が入らない。 「…目を覚ましたか。」 突然の声に、首だけを動かした。 「………白哉…」 朽木白哉が、少女の側に腰を下ろしていた。 「…ココは…? 私、どうして………」 「ここは私の屋敷の離れだ。 倒れていたお前を、私の部下が運んで来た。」 何も言うなとでも言うように、白哉が少女の声を遮った。 くしゃっと、少女は自分の前髪を握った。 「…情けないな。 自分の事ながら、呆れるよ………」 白哉から無理に逃げたのに、結局こうして自分の側にいるのは白哉である。 「…」 白哉が少女の頬に触れた。 少し怯えた黒曜石の瞳が、自分を見上げた。 白哉は少し眉を寄せた。 が自分を避ける理由はわかる。 だが。 「…私を避けるな、。」 ふいに呟いた白哉の声。 少女が少し驚いたように、白哉を見上げた。 「…隊に属せねばならぬなら、私の許(もと)へ来い。」 が眉を寄せた。 「それは命令か? 白哉。」 胸が痛い。 何故、今更こんな事を言うのだろう。 の声に、白哉がわずかに眉を寄せた。 「………そうだ。」 は少し唇を噛んだ。 (わかっていたはずだ… 白哉に何を求めている………) 自分に言い聞かせる。 白哉が立ち上がった。 部屋の入り口へ向い、ドアを開ける。 「ご苦労だった。 下がれ。」 使用人だろうか? 何かを受け取って、再びの元へ腰を下ろした。 「起きれるか?」 その声に、が小さく息を吐いた。 「…今は、まだ休みたい。」 「そうか…」 白哉は続ける。 「お前の事だ、目覚めてまだ何も食しておらぬのだろう。 目を覚ましたら食べるんだ。」 の脇に、盆を置いた。 食欲をそそる匂い。 使用人が持って来たのは食事だった。 「…いらない。」 眠ったまま、首だけそっぽ向いた。 「そうか。」 そう言って白哉は立ち去り、この広い部屋に自分一人が残される。 はそう思ったが、頑なに目を閉じて、白哉の方を見ようともしない。 しかし。 「へっ?」 突然布団を剥がれ、少女が素っ頓狂な声を上げる。 振り向くより先に、胸元の合わせ襟の辺りを捕まれ、は無理やり起こされた。 「な… 白哉、乱暴はよせ…!」 白哉はじっとを見据えた。 「どこまで私を心配させるんだ。」 その声に、少し、どきっとする。 「頼んだ覚えはない…」 締め上げられたまま、が恨めしげに白哉を睨んだ。 「そうか… では言い方を変えよう。」 白哉はもう片方の手で、少女の右手首を強く掴んだ。 「無理に私に食べさせられるのと、自分で食べるなら、お前はどちらを選ぶ?」 少し睨まれて、の背中に冷や汗が流れた。 「………自分で食べる。 約束するから放してくれ。」 開放されて、が小さく息を吐いた。 その様子を見て、白哉は腰を上げた。 「それでいい。 今、茶を持って来よう。」 が少し驚いて目を丸くする。 「白哉が入れてくれるのか?」 「他に誰がいる?」 白哉が出て行ったので、は一人部屋に残された。 ゆっくりと、もう一度布団に身を沈める。 何故だろう。 とても虚しい感じ。 昔の夢を見たから? いや、それは違う。 「…何故、今更… 私に構うんだ………」 泣き出しそうな声で、呟く。 白哉が怒る理由はわかる。 実際、目覚めて四日、水さえも口にしていない。 どこかで、意地になっている自分がいた。 目が覚めてすぐ、召し変えらされている事に気付いた。 腰の斬魄刀は、枕元に置かれている。 「…お前が大人しく触れられたと言う事は、やはり私は白哉には気を許しているんだな…」 無意識ながら白哉の霊圧に、安心しているのだろう。 当然ながら、斬魄刀は答えない。 「わかっている… わかっているんだ。 私はまだ、どこかで奴を求めている… わかっているけど………」 一度、目を閉じる。 長い溜息を吐いた。 「…何故、私は目覚めた? 何故、封印が解かれた? ……… 答えろ"姫椿(ひめつばき)"…」 |