11


 長く伸びた、冷たい回廊。

 腕を拘束され、四人の人物に囲まれるように、少女が歩いている。

 黒曜石の瞳は冷たく、自分の足元だけをじぃっと見ていた。

 突き当たりの開けた場所で、それらは足を止めた。

『さぁ…』

 一人に促されて、少女が歩み出る。

 その場の中心らしき場所で、少女が足を止めた。

 拘束されている小さな両手は、幾重にも布や鎖が巻かれた斬魄刀を握っていた。

『何か残す言葉はあるか?』

 すっと、視線を上げた。

 ゆっくりと見回すが、愛しい者の姿はない。

 おそらく、もう会う事もないだろう。

 少女は、ゆっくり瞳を閉じた。

 呪(じゅ)を唱える声が聞こえる。

『…諦めませんよ。 必ず助けて差し上げます。 待っていて下さい、さん。』

 最後に聞こえた声は…。

 いつも自分を励ましてくれた優しい声だった。







 すっと。

 目を開けた。

 見慣れない天井。

 は首を傾げた。

 体を起こそうとするが、無理が祟ったのだろう。

 力が入らない。

「…目を覚ましたか。」

 突然の声に、首だけを動かした。

「………白哉…」

 朽木白哉が、少女の側に腰を下ろしていた。

「…ココは…? 私、どうして………」

「ここは私の屋敷の離れだ。 倒れていたお前を、私の部下が運んで来た。」

 何も言うなとでも言うように、白哉が少女の声を遮った。

 くしゃっと、少女は自分の前髪を握った。

「…情けないな。 自分の事ながら、呆れるよ………」

 白哉から無理に逃げたのに、結局こうして自分の側にいるのは白哉である。

…」

 白哉が少女の頬に触れた。

 少し怯えた黒曜石の瞳が、自分を見上げた。

 白哉は少し眉を寄せた。

 が自分を避ける理由はわかる。

 だが。

「…私を避けるな、。」

 ふいに呟いた白哉の声。

 少女が少し驚いたように、白哉を見上げた。

「…隊に属せねばならぬなら、私の許(もと)へ来い。」

 が眉を寄せた。

「それは命令か? 白哉。」

 胸が痛い。

 何故、今更こんな事を言うのだろう。

 の声に、白哉がわずかに眉を寄せた。

「………そうだ。」

 は少し唇を噛んだ。

(わかっていたはずだ… 白哉に何を求めている………)

 自分に言い聞かせる。

 白哉が立ち上がった。

 部屋の入り口へ向い、ドアを開ける。

「ご苦労だった。 下がれ。」

 使用人だろうか?

 何かを受け取って、再びの元へ腰を下ろした。

「起きれるか?」

 その声に、が小さく息を吐いた。

「…今は、まだ休みたい。」

「そうか…」

 白哉は続ける。

「お前の事だ、目覚めてまだ何も食しておらぬのだろう。 目を覚ましたら食べるんだ。」

 の脇に、盆を置いた。

 食欲をそそる匂い。

 使用人が持って来たのは食事だった。

「…いらない。」

 眠ったまま、首だけそっぽ向いた。

「そうか。」

 そう言って白哉は立ち去り、この広い部屋に自分一人が残される。

 はそう思ったが、頑なに目を閉じて、白哉の方を見ようともしない。

 しかし。

「へっ?」

 突然布団を剥がれ、少女が素っ頓狂な声を上げる。

 振り向くより先に、胸元の合わせ襟の辺りを捕まれ、は無理やり起こされた。

「な… 白哉、乱暴はよせ…!」

 白哉はじっとを見据えた。

「どこまで私を心配させるんだ。」

 その声に、少し、どきっとする。

「頼んだ覚えはない…」

 締め上げられたまま、が恨めしげに白哉を睨んだ。

「そうか… では言い方を変えよう。」

 白哉はもう片方の手で、少女の右手首を強く掴んだ。

「無理に私に食べさせられるのと、自分で食べるなら、お前はどちらを選ぶ?」

 少し睨まれて、の背中に冷や汗が流れた。

「………自分で食べる。 約束するから放してくれ。」

 開放されて、が小さく息を吐いた。

 その様子を見て、白哉は腰を上げた。

「それでいい。 今、茶を持って来よう。」

 が少し驚いて目を丸くする。

「白哉が入れてくれるのか?」

「他に誰がいる?」

 白哉が出て行ったので、は一人部屋に残された。

 ゆっくりと、もう一度布団に身を沈める。

 何故だろう。

 とても虚しい感じ。

 昔の夢を見たから?

 いや、それは違う。

「…何故、今更… 私に構うんだ………」

 泣き出しそうな声で、呟く。

 白哉が怒る理由はわかる。

 実際、目覚めて四日、水さえも口にしていない。

 どこかで、意地になっている自分がいた。

 目が覚めてすぐ、召し変えらされている事に気付いた。

 腰の斬魄刀は、枕元に置かれている。

「…お前が大人しく触れられたと言う事は、やはり私は白哉には気を許しているんだな…」

 無意識ながら白哉の霊圧に、安心しているのだろう。

 当然ながら、斬魄刀は答えない。

「わかっている… わかっているんだ。 私はまだ、どこかで奴を求めている… わかっているけど………」

 一度、目を閉じる。

 長い溜息を吐いた。

「…何故、私は目覚めた? 何故、封印が解かれた? ……… 答えろ"姫椿(ひめつばき)"…」


back