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『成績はどの程度なのだ?』

 が首を傾げた。

 白哉が真央霊術院に通い出して、密会の時間が減った。

 白哉に会いに、が朽木の敷地内へ忍び込むのだ。

 霊力を持たない少女は、誰にも気付かれずに忍び込むことが出来る。

 誰も気付かない筈なのに、白哉にはすぐにが来た事がわかるのだ。

『学年主席だ。』

 白哉の声に、が眉を寄せた。

『むぅ。 イヤミなヤツめ。』

 半刻ほどの、短い時間だが。

 にとっては、とても有意義な時間である。

『白哉は、死神になってどうするのだ?』

 の声に、白哉が首を傾げる。

『…どうする、とは?』

 父母に言われるがままに学院に通っている。

 立派な死神になることが、父母への恩返しだと思っている。

 幼い頃より、そのために教育を受けて来たのだ。

『決められた生き方などつまらぬであろう。 何か、大切なものでも見つけてはどうだ?』

 最近、浦原が変わった。

 何か大切なものを見つけたのだろう。

 にとっても喜ばしい事だ。

『さて。 私はもう行くぞ。 またな。』

 白哉も多忙である。

 あまり時間を取らせる訳にはいかなかった。

パタパタ…

 去り行く小さな背中を見送る。

『…大切なもの… か…』

 白哉が細く笑った。

『お前だと言えば、どんな驚いた顔をするのだろうな。』

 迷いが吹っ切れた。

 学院卒業後、護廷十三隊へ入隊してしばらくした後。

 朽木の当主を継げと言われていた。

 そのためには、妻を娶らなければならない。

 四大貴族である白哉には、言い寄る両家の娘も多かったが。

 幼い頃より心に決めていたのだ。

 己の妻には他の誰でもない、をと。









 不穏な霊圧を感じた。

 いつも、が帰ってゆく方角。

 王族の領内に立ち入る事は禁じられていたが、そんな掟よりもの身を案じた。

 求婚した矢先のこの不安は何だろう?

 初めて立ち入った防人一族の里。

『………』

 白哉は己の目を疑った。

 あたり一面、血の海。

 大虚や、破面が蠢いている。

『!』

 一瞬の隙を突き、虚が白哉に襲い掛かる。

ザン

 白哉は慌てるわけでもなく、その虚を斬り捨てた。

『……!』

 心配でならなかった。

 霊力のないに、敵は優しくない。

『白哉!』

 聞き覚えのある声に、視線を投げた。

『夜一…』

 白哉と同じく、不穏な霊圧を感じて駆け付けたのだろう、夜一だった。

はどこじゃ?』

 実の妹のように可愛がっているが心配で仕方ないのだろう。

 焦った口調は、夜一らしくない。

『今探している。』

 霊力を持たない少女は、その居場所を特定するのも難しかった。

 だが、白哉は迷わない。

 一目散に、一つの方向へ駆け出した。

 そこで見たのは。

 一振りの刀を握ったと、その足許に転がった防人一族の少年。

 そして、一体の破面。

『うわぁああぁあああああ!!』

 が斬魄刀を突き刺した。

『!』

 白哉は思わず飛び出した。

 たとえ敵であっても、の手が血に染まるのが許せなかった。

 に向かって刀を構えるのも躊躇った。

 だから、何もせずに刺された。

『白哉ぁ…っ…!』

 混乱と恐怖で状況整理が追い付かないのだろう、の声は今にも泣きそうだ。

 白哉は眉を寄せた。

 泣かせたかった訳じゃない。

 ただ、護りたかったのだ。

 がきっかけで、防人一族に付いて独学で調べ上げた。

 の持っている刀は、防人の護神刀。

 この刀は、危険だ。

 その力はあまりに強大すぎる。

『…その、手を放せ、… この刀は… ならぬ………』

 貫かれている腹が熱い。

 滲み溢れる禍々しい霊圧に、傷口を焼かれているようだ。

ポタ ―――

サァァァアアア

 雨が降り出した。

 その紅く染まった手を洗い流すように、冷たい雨が体を打つ。

『うわぁぁあああああ!!!』

 風が巻き起こった。

 白哉は目を疑った。

 のその霊圧は… そして、形成されて行く白い面…

(深血か………!)

 体が重い。

 その腹を貫く刀に、霊力を吸い上げられているようだ。

『………』

 小さく震えるの体…

『…私を殺せ…っ…!!!』

 その本心とは裏腹に、気丈に声を上げる少女。

 いつの間にか、炎に包まれていた。

(…持ち主を喰らうか…)

 白哉が眉を寄せた。

 グッと、強くを抱き締める。

『…気を、確かに持て、…』

『動けるなら… 行ってくれ、白哉…!』

 胸が痛かった。

『お前を…! 巻き込みたくない……!!』

 は自分ではなく、白哉の身を案じている。

 護りたかった。

 自分を抱き締める、震えた少女を。

 いつものように、笑顔で笑っていて欲しかった。

『…お前は… 私が護る………』

 震える体を強く抱き締めた。

ドクン ―――

 何かが脈打った直後。

カシャン

 白哉の腹を貫いていた斬魄刀が地に落ちた。

 暴走していた霊圧が止まった。

 気を失う小さな体を、抱きかかえる。

 血に濡れた、何よりも大切なかけがえのない者。













………)

 白哉が真っ直ぐに少女を見据えた。

 吹き荒れる風と、巻き上がる炎。

 それは、二百年前と同じ光景。

 二百年前と違うのは。

 浦原喜助でなく、この場に立っているのは自分だと言う事。

「…お前は、私が護る…」

 ただ、それだけの事が出来なかった。


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