3


『………』

 腹の傷跡が疼くと思ったら、雨が降っていた。

 白哉は眉を寄せた。

 何か気配を感じて、そのままの格好で外へ出た。

 朽木の敷地内。

 一番高い木の上で、それを見つけた。

『何をしている、?』

 は傘も差さずに、木の枝に腰掛けていた。

『………』

 は何も言わず、分厚い雲の掛かった空を見上げていた。

 その小さな手は、防人の護神刀を握っていた。

『…風邪をひく。 下りて来い…』

 シトシトと、柔らかい雨が降る。

 随分長い間雨に打たれていたのだろう。

 はずぶ濡れだった。

『雨は好きだ…』

 空を見上げたまま、の唇が動いた。

『雨は、全てを洗い流してくれる…』

 心に沁みる、淋しい声。

 白哉が眉を寄せた。

『…何が… あった?』

 久方ぶりに顔を見たと思ったら、泣きそうな顔で空を見上げている。

 が空を見上げるのは、溢れそうな涙を堪えている時だ。

『………』

 は目を伏せたきり、何も言わなかった。

タッ

 白哉が地を蹴った。

 ふわっと、の座っている幹まで飛び上がる。

 グイッと、その体を引いた。

 氷のように冷たい。

『…莫迦者… 何をやっているのだ…』

 白哉が唇を噛んだ。

 強くその体を抱いて、そこから下りる。

 自分の部屋までの道を急いだ。





 タオルと替えの服を渡して、側女に言って湯の準備をさせた。

『…』

 は何も言わない。

 何か思い詰めているような表情…

『白哉… 私は…』

 耳を澄まさないと聞き取れないほどの細い声。

 いつもの強気なその様子からは想像できないほど、今のは沈んでいた。

『…中央四十六室の動きを聞いたか…』

 の声で、白哉はそう悟った。

 少女が小さく頷く。

『…… お前はどうしたいのだ?』

 白哉がじっとを見据える。

『…お前は今、何を望む?』

 は俯いたまま、小さく震えていた。

『私は…』

 ぐっと、小さな拳を強く握る。

 その声は震えていた。

『………決定に従うよ………』

 白哉は言葉を飲み込んだ。

 まさか、が中央四十六室の理不尽な申し出に首を縦に振るなんて思ってなかった。

『…防人一族の最後の一人として… 尸魂界を護ると言う使命を全うする………』

『………』

 じっと、少女を見据える。

 俯いたまま、は小さく震えていた。

 白哉がわずかに目を伏せた。

 きっと、その胸の内に、誰にも告げずに 一人悩んでいるものがあるのだろう。

 己の深い所は、は誰にも語らずにいる。

 隠そうとするから、聞く事も出来なかった。

…』

 白哉は一度、唇を噛んだ。

『…その志、立派である… 己が使命を全うするがいい………』

 この言葉は、四大貴族の次期当主としての言葉。

 朽木白哉の本心ではない。

 己の望みのためだけに、の決意を惑わす事が、何故出来よう。

『私の最期の願いだ、 聞いてくれないか?』

 消え入りそうな細い声。

 胸が締め付けられる。

『…何だ? 申してみよ…』

 そっと。

 帯を解いた。

 はらっと、その肩を着物が滑り落ちる。

『…抱いて、くれないか?』

 雨の上がった空。

 雲間から、差し込む淡い月の光に照らされて、露にされたの体は輝いて見える。

『私を抱け… 白哉………』

 そう呟くは泣いていた。

 確かに、泣いていたのだ。









 少女はゆっくり瞳を閉じた。

 呪(じゅ)を唱える声が聞こえる。

『…諦めませんよ。 必ず助けて差し上げます。 待っていて下さい、さん。』

 最後に聞こえた声は…。

 いつも少女を励ましてくれた優しい声だった。

(ありがとう… 喜助………)

 光が、少女を包んで行く。

パキ… パキパキ…

キィイ…ン…

 水晶が、少女を包んだ。

 ただの水晶ではない。

 霊力を封じ込める、特殊な仕様の封聖壁(ふうしょうへき)だ。

 少女は封印された。

 そうなる事を自ら望んだ。

『………』

 浦原が唇をキツク噛んだ。

!!』

 その声に、浦原は呼吸を忘れて振り返った。

 朽木白哉だった。

…!』

 白哉は唇を噛み締めた。

 周りの目にかまう様子もなく、水晶の中の少女へ向けて駆け出す。

『 … ――― 』

 浦原が動いた。

ダァン

 白哉を組み敷く。

ギリッ

 その腕をキツク締め上げて、白哉を見下ろした。

『…浦原…!』

 白哉は恨めしそうに浦原を睨み上げた。

『…今更何ですか、白哉さん…』

 浦原の声は冷たく、白哉の腕を締め上げる力も優しくはない。

『…さんは封印されました。 彼女の望むままに…』

 浦原の声に、白哉が唇を噛んだ。

『…彼女を受け入れることも出来ない… けれど、完全に突き放す事も出来ない… そんな人に…』

ギリギリ…

 白哉を締め上げる浦原の声は冷たかった。

『貴方に、さんに駆け寄る権利なんてないんですよ。』

 あの時よりも…

 浦原がを抱き締めているのを見てしまった時よりも、悔しかった。 











 何故、こんな時に浦原の言葉が脳裏を過ぎるのだろう。

(私は… 誓ったのだ……)

 白哉が唇を噛んだ。

「兄様…!」

「下がれ、ルキア… 二度も言わせるな…」


back