シュゥウウウウウ……… 解放されていた力が、徐々に弱まりやがて治まった。 「…ふぅ。」 修行を始めて、どれほどの歳月が過ぎただろう。 護神刀・姫椿を、大分意のままに扱えるようになって来た。 「どうだ、姫椿?」 得意になって自分を見上げる黒曜石の瞳を見据えて、姫椿が笑った。 『とりあえず良いだろう。 そなたは腕が良い。 思っていたより時を要さなかったのう。』 がにこりと笑った。 「昔から、筋は良かったのだ。 斬術や白打に関して、私に勝てる者はいなかった。」 防人一族内の同じ年頃の子供達の間では、の才能は飛び抜けていた。 と。 「!」 が振り返った。 「喜助か!」 白い紙が、蝶へと姿を変えの目の前をヒラヒラと舞っている。 『どーも。 調子はどうですか?』 耳に届くは、浦原の声。 「変わらぬ。 元気にやっている。」 の声に、少し間が空いた。 『…そうっスか〜? なーんか、空元気みたいな声っスね。 どうかしました?』 は一瞬言葉を飲み込んだ。 「そうか? 少し… 疲れているのかもな。」 きゅっと、唇を噛んだ。 夢見が悪く、落ち着かない。 そんな事を言えば、浦原にいらぬ心配をさせてしまう。 (声だけで… 私の事がわかるのか…) 嬉しいが、敢えて触れて欲しくはない。 己の内なる存在は、己でどうにかするしかないのだ。 そのために、修行を積んでいる。 『無理はダメっスよ、さん。 あ、そうそう。 今度………』 浦原が何か言いかけた時だった。 「!」 は一瞬の内に、その場から飛び退いた。 バッ 咄嗟の攻撃に、白い蝶が裂けた。 「誰だ!?」 声を張り上げる。 ここは王族特務の敷地内。 誰が立ち入り、を狙って鬼道を打ったと言うのだろう? 「………?」 は目を凝らした。 茂みを掻き分けて、の前に現れたのは… 「!」 は自分の目を疑った。 「…螢(ケイ)… 兄、様…」 里が襲われた時にを助けてくれた、一番年の近い腹違いの兄だった。 「兄様! 無事だったのですね…!」 『待て、!』 駆け出そうとしたを、姫椿が呼び止めた。 が眉を寄せる。 兄の様子がおかしい。 「兄…様…?」 何と言えば適当だろう。 纏っている空気とでも言えばいいのか、それが自分の知る兄の物ではない。 「!」 バチィッ 突然仕掛けられて、は驚いて兄の攻撃を弾いた。 「…っ、兄様…!?」 今まで俯いていた兄が、顔を上げた。 「!」 その顔は、の知る兄ではなかった。 『…虚に操られているのか…』 姫椿の声が響いた。 「…っ! 月華!!」 いつもなら、呼べばすぐに現れて力を貸してくれるの斬魄刀・月華。 それが、今に限って応えない。 「月華…! 何故応えない…!」 兄の剣を避けながら、が眉を寄せる。 『護神刀を渡せ…!』 兄は容赦なくを襲った。 だが、兄に向かって剣を向けるのも躊躇われた。 「っ…!」 唇を噛むに。 『…殺してやれ、…』 見かねた姫椿が、静かに言葉を紡ぐ。 『…手遅れだ。 可哀相だが、もう助ける事は出来ぬ…』 「嫌だ…! 何故、私が兄様を斬れる…!」 ガッ 「!」 は息を飲んだ。 兄の手が、姫椿の刀身を掴んだ。 『死ね…!!』 放たれるその殺気に、キツク目を閉じる。 ドッ 貫いた。 ボタ… の呼吸が止まった。 姫椿ごと、強く引かれた。 「兄… 様…?」 姫椿を握った小さな手。 その刀身は、兄の胸を貫いている。 「…許して、くれ……… …」 細い呼吸を繋いで言葉を紡ぐと、血が溢れる。 「兄様… 何故…」 黒曜石の瞳が揺れた。 ガシャン 震える指先では斬魄刀を握る事が出来ず、それは地に落ちて音を立てた。 「俺は… お前、が母親に連れ…れて… 初めて里にやって… 来た時… 嬉しかった…」 末っ子だと思っていた自分に、妹がいたと言う事実。 たとえ腹違いでも、妹に変わりはない。 護神刀に胸を貫かれた今、兄が始めてその胸の内を語る。 「俺は… 弱か…た… 本当は、ずっと… お前を… 気にかけて… た…」 が一人泣いていた事も、一族の者や実の母親にさえ疎まれていた事を、命を絶たれようとしていた事も知っていた。 知っていながら、何も出来なかった。 「…すまない… …」 が唇を噛んで力なく首を振る。 「何を謝るのです、兄様…! 来てくれたではないですか…!」 防人一族の里が襲われた時、を助けてくれたのはこの兄だった。 そっと、手を伸ばしてを抱き締める。 「…こんな俺でも… "兄"と呼んでくれるのか… ありがとう…」 ぎゅっと、強くを抱き締めた。 「…愛してた… … たった一人の… 俺の妹………」 器官から血が溢れる。 「兄様…!」 が叫んだ。 「…尸魂界を… 護れ… 防人…しか出来ない… … 尸魂界を………」 それ以上の言葉は耳に届かなかった。 もう動かなくなった兄を抱き締めて、はその場に座り込んだ。 兄を刺したのは姫椿。 そうさせたのは兄で、そうしたのは他でもないだった。 ドクン ――― (私が… 殺した………) (黙れ…) (黙れ…!) 「黙れ!!!」 ポツ… 頬に一粒、雫が降った。 ポツポツ… サァァアアアア… 雨が降り出した。 チリッ 震える空気の中、雨以外何の音もしない。 静かに、雨が降る。 血に濡れた小さな手を… そして悲鳴を上げ血の涙を流すその心を洗い流すかのように。 「…醜い…っ…!」 は唇を噛んだ。 誰一人、救う事が出来ない己の手。 「何故… 目の前で見ている事しか出来ないのだ…!」 護りたいだけなのに、それが出来ない。 破壊しかもたらさないと言うなら… 「………この命など、必要ない…」 ヒラ… 「!」 何かの気配を感じて、が振り返った。 黒いアゲハ蝶である。 「地獄蝶…」 が眉を寄せた。 |