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ポタポタ…

 濡れた髪から、雨の雫が滴り落ちる。

 血に濡れたその手を… その心を縛る罪から洗い流すように…

「姫椿………」

 護神刀を呼んだ。

「…私は… どうすればいい…?」





ただ護りたいだけなのに…





 ぐっと、拳を握る。





内なる己は、全ての破壊を望む…





 その意志は、よりも強い。

 いずれか、飲み込まれるだろう。

 さすれば、夢は現実となる。

 夜一を、浦原を… そして白哉もその手にかけるだろう。

 止める事は出来ない。

「………」

 確実に忍び寄る闇に、怯えていた。





 気が狂う ―――――





 一瞬たりとも、気を休められない。

「………」

 誰にも言えない。





 怖い… ―――――――――





 中央四十六室の決定は、理不尽以外の何でもない物で。

 だが、それが覆る事はない。

 それが掟。

 それが、尸魂界において全てである。

 夜一は納得しなかったが、他に良案など思いつかない。

 それに。

 これ以上騒げば、夜一自身も罰を受けるだろう。

『何もしないでくれ… 少し、考えてみるから… だから…』

 不安そうにそう言うを、夜一はそっと抱き締めてくれた。

 夜一に抱き締められると、とても安心する。

(私は………)

「何をしている、?」

 突然の声。

 声だけで、誰かわかる。

 は目を丸くした。

(…無意識に、ヤツの敷地内に来ていたのか…)

「…風邪をひく。 下りて来い…」

 その声に、唇を噛んだ。

(…ヤツに何を求めている… 甘えるな… 己でどうにかするしかないんだ…)

 空を見上げた。

 分厚い雲がかかっているだけで、他には何もない。

「雨は好きだ…」

 シトシトと、柔らかい雨が降る。

「雨は、全てを洗い流してくれる…」

 血に塗れたその手も、罪に汚れたその心も。

 突然、グイッと体を引かれた。

 白哉が木の幹まで飛び上がり、を抱き締めた。

 自分を優しく抱き締める、愛しい温もり。

 白哉の腕の中で、はきつく唇を噛んだ。









 防人の名を誇りに思ったことはない。

 防人に生まれたことを、誇りに思ったことはない。

 むしろその逆。

 縛られた生涯。

 決められた未来。

 抗えぬ使命。

 その全ては、にとって重荷でしかなかった。

『…尸魂界を… 護れ…』

 兄の最期の言葉が。

 そして。

『 殺せ 』

 内なる声が、の心を縛る。

私は… 護りたいだけなんだ… ―――










「…… お前はどうしたいのだ?」

 白哉がじっとを見据える。

「お前は今、何を望む?」

 己の望みは、ずっと昔からただ一つだけである。

『 側にいたい。 』

 だが…

 瞼に焼き付いて離れない悪夢…

 いつか… 己が愛する者を斬り殺す。

 そして、四十六室に突きつけられた条件…

 背けば… 白哉が罰を受ける。

 はキツク唇を噛んだ。

「………決定に従うよ………」

 誰も傷付けない為には、道は一つしかなかった。

「…防人一族の最後の一人として… 尸魂界を護ると言う使命を全うする………」

「………」

 白哉の刺さるような視線が痛い。





嘘だ… ―――――





 防人一族を煙たがっていた少女が、今更そのような事を望むはずがない。





滅びてなお、防人の名が… 忌わしき血が私を縛る… ――――――― !





…」

 白哉の声に、びくっと体が跳ね上がった。

「…その志、立派である… 己が使命を全うするがいい………」

 涙が溢れそうなのは何故だろう。

 婚約者が別れを告げたと言うのに、白哉の声はいつもと変わらず…

 拒まれた気がした。

 グッと、強く拳を握った。

 無様だった。

 白哉が何か他に言葉をくれたとして…

 それが何だと言うのだろう。

 その程度で揺らぐ決意など、必要ない。

 黒曜石の瞳が揺れた。

 尸魂界など、にとってどうでもいい。

 ただ…

「………」

 じっと、白哉を見据える。







己の全てを犠牲にしても、護りたいものがあった ―――――――








「私の最期の願いだ、聞いてくれないか?」



 白哉… 私は………



「…何だ? 申してみよ…」





 お前に捉われたままの 心を遺して逝く … ―――――


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