「何か、残す言葉はあるか?」 月の無い晩。 防人の護身刀・姫椿に、己の負の力を封印させた。 そして、月華を使い、空間隔離を施した。 これで、尸魂界を護る事が出来る。 封印主一族・防人の。 中央四十六室は、自ら封印される事を進言した少女に敬意を表して、封霊主の名を与えた。 その意味は、霊力を封じられる者。 そして、霊力で封じる者。 迷いはない。 こうしなければ、護りたいものを護る事ができない。 悔いはない。 ないはずなのに… 小さなその両手は、刀を握り締めたまま、わずかに震えていた。 今、全てが終わろうとしている。 ここで封印されれば、もう二度と、目覚める事もないだろう。 何人たりとも、その黒曜石の瞳に映る事はないだろう。 視線を上げた。 ゆっくりと辺りを見回すが、一番会いたい者はいない。 そっと、帯を解いた。 はらっと、着物がその肩を滑り落ちる。 『…抱いて、くれないか…?』 突然のの声に、白哉は言葉を飲み込んだ。 『私を抱け… 白哉………』 ぽろぽろと、涙が零れた。 二度と会えなくなるのならば、その温もりの全てを体に刻んでおきたかった。 『………』 ゆっくりと伸ばされた白哉の手は、に触れることはなかった。 『………行け…』 冷たい声に、思わず呼吸が止まりそうになった。 『私は… お前を抱かぬ… 』 一分の隙もなく、突き放された気がした。 『…行け………』 あの時。 白哉に拒まれた。 だが、それで良かったと思う。 自分には、帰る場所など… 縋り付ける者などない。 たった一つの未練が、粉々に砕かれた。 だが、恨みはない。 むしろ、無様にも縋り付こうとする自分を突き放してくれた白哉に感謝している。 少女が、ゆっくりと口を利いた。 「我々は、涙を流すべきではない…」 凛とした声。 真っ直ぐに前を見据える黒曜石の瞳は、ただ冷たかった。 「それは心に対する肉体の敗北であり…」 「我々が、心というものを… 持て余す存在であるということの 証明にほかならないからだ…」 何故だろう。 刺さるような視線を感じたのに、そちらの方を振り返る事は出来なかった。 (喜助… ありがとう…) 少女はゆっくり瞳を閉じた。 呪(じゅ)を唱える声が聞こえる。 「…諦めませんよ。必ず助けて差し上げます。 待っていて下さい、さん。」 最後に聞こえた声は…。 いつも自分を励ましてくれた優しい声だった。 光が少女を包んで行く。 何故だろう、その心は穏やかだった。 私は封印する。 白哉を愛していると言うこの想いを。 共にありたいと言うこの願いを… この忌わしい防人の血と名の下に… 封印されよう… 願いは唯一つ。 皆が、安らかであるように… ――― パキ… パキパキ… キィイ…ン… 水晶が、少女を包んだ。 浦原はじぃっとそれを見上げていた。 少女は封印された。 そうなる事を、自ら望んだ。 誰よりも、自由と言う言葉が似合っていた少女は… 尸魂界のエゴによって封印された。 言わば、此度の騒動を鎮める為の犠牲者である。 浦原喜助は、唇を噛み締めて耐えていた。 |