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『私を抱け… 白哉………』

『………』

 そっと、手を伸ばした。

 白哉の手が触れる直前に、がキツク目を閉じる。

 震える、小さな身体。

 頬に触れただけで、凍りついたように動かなくなるその身体。

 力づくに抱くのは容易かったが…

 …悔しかった。

 を追い詰めたのは、きっと自分だ。

 を不安にさせているのは、きっと自分だ。

 あの時。

 その力が暴走するより先に、を止める事が出来たなら…

 は悩まずに済んだだろう。

 泣かずに済んだだろう。

(私が… もっと強くあったのならば…)

 少女を抱き締めようと伸ばしたその手は、強く宙を握った。

 俯いて、キツク目を閉じた少女。

 歯痒い。

 悔しくて、唇を噛んだ。

『………行け…』

 白哉の口から出た言葉に、の呼吸が止まった。

『私は… お前を抱かぬ…』

 戸惑いに揺れる黒曜石の瞳。

 目を合わせることも出来なかった。

 少女の決意の全てを受け止められるほど、まだ白哉は強くない。

 半端な優しさをちらつかせて、その決意を惑わす事など出来ない。

『…行け………』

 何よりも大切なかけがえのない者。

 命よりも大切だから… 容易に触れる事など出来ない。

『…っ………』

 がキツク唇を噛んだ。

 散らばった着物を纏い、白哉の部屋から飛び出す。

 追うな。と、己に言い聞かせた。

 追っても、の望む事は何もしてやれない。

 白哉よりもの方が力の強い今、自分が少女にしてやれることは何一つない。

 強くなりたかった。

『最期になどさせぬ…』

 強くなりたかった。

 愛する者を護れる、力が欲しかった。

 ドン、と、強く壁を叩く。

…』

 一人残された夜闇の広がる部屋で、白哉が唇を噛んだ。

『…封印など… させぬ……… …私は…』

 力なく、その身体が崩れる。

『…お前を… 愛している…』

 空に浮かぶ月だけが、その声を聞いていた。









「私は… 弱い………」

 白哉がゆっくり目を開けた。

 忘れもしないあの夜の記憶。

「一瞬たりとも、お前を離したくはなかった。 だが、それを言葉にする事すら出来なかった…」

 四番隊 救護室の一室。

 ベッドの傍らに座る白哉。

 その瞳に映るのは、誰よりも大切な護りたい者。

「…ずっと… 悔いていた…」

 何故、間に合わなかったのだろう。

 少女の決意を聞いて、『強くなりたい』と思った。

 強くならなければ、何も出来ないまま…

 少女に二度と触れることは出来なくなる。

 『護る』と、決めたのだ。

 を護るのは、浦原や夜一ではない。

 自分だと。

…!)

 あの日、白哉は必死に駆けた。

 封印の晩。

 その場に居合わせる事を許されたのは、護廷十三隊の隊長格と、刑軍・軍団長、そして技術開発局の局長だけである。

 中央四十六室によってそう決められ、白哉はその場に近寄ることすら許されなかった。

…!)

 のために、一から己を磨いたのだ。

 やっと、卍解を習得できたのだ。

(お前は私が護る…!)

 見張りに立っていた刑軍を薙ぎ倒して、重厚な造りの扉を蹴破った。

!!』

 光が徐々に薄らいで行く。

 白哉は息を飲んだ。

 を包む、封聖壁(ふうしょうへき)。

 間に合わなかったと言うのか…

 キツク唇を噛んだ。

…!』

 駆け寄ろうとして。

ダァン

 浦原に組み敷かれた。

 その時の浦原の言葉は、未だに白哉の胸に深く刺さったままである。

『貴方に、さんに駆け寄る権利なんてないんですよ。』

 白哉は一度目を閉じた。

「………」

 わずかに開いた窓から吹く風が、その頬を撫でる。

「あの時… 私が今ほどの力を持っていたのなら… 共にあろうと… お前を護ると、言葉に出来ただろう…」

 を見据える白哉の瞳が揺らいだ。

「…いま一度…」

 噛み締めるように、言葉を紡ぐ。

「…お前を護ると… 誓わせてくれぬか… …」

 小さな手を握って、そっと目を閉じる。

 まるで、懺悔のようだと思った。


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