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つ…ッ

 眠っているの頬を、一筋の涙が伝った。

「……?」

 白哉が眉を寄せる。

 ゆっくりと開いた黒曜石の瞳。

 それが白哉を映した。

「…どうした? 痛むのか?」

 その声は優しく、の胸に響く。

「…半身が消えたような気がしたのだ……… よくわからぬ… だが、哀しい………」

 身体を起こそうと、がわずかに力を入れた。

… 体に障る… まだ無理は…」

「無理をしているのはお前だ、白哉。」

 白哉の声を遮って、が眉を寄せる。

「病室を抜け出したのだろう? 卯ノ花に怒られるぞ。」

 まだ起き上がれる状態ではないはずだ。

 一護と戦い、市丸の斬魄刀に胸を突かれ、そしての巻き起こした霊力の風に身を刻まれたのだ。

 その傷は、誰よりも深い。

「………気分はどうだ?」

 白哉が話を逸らした。

 と言うことは、図星だという事である。

 仕方ないヤツめと思いつつ、は小さく息を吐いた。

「………胸が痛い…」

 ベッドの上。

 膝を抱えるように座って、が眉を寄せた。

「………」

 わずかに震えたその声に、白哉が眉を寄せた。

「…また… お前に傷を負わせてしまった… 護ると決めたのに… 護られていただけで、何も出来なかった…」

 抱えた膝に頭を埋める。

 悔しいのだろう、その声は震えている。

「……」

 黒曜石の瞳が、弾けたように白哉を見上げた。

「…白哉、私は…!」

「何も言うな。」

 首を振って、その声を遮った。

 そっと、小さな手を取る。

「…月華と姫椿…」

 を見据えて、白哉が続けた。

「異なる性質を持った二つの斬魄刀… それがお前を護ったのだろう…」

 結果、二つの刀は砕けた。

 の力が生み出した月華は、の回復と共に再生するだろう。

 だが、姫椿はもうない。

 尸魂界を護る護神刀は、防人一族が護り続けた護神刀は砕けた。

「…防人の名も、その使命も全てを忘れて今、私の言葉を聞け…」

 小さなその手を引いて、一つ、優しく口付ける。

「…我が妻となれ、…」

 この言葉を告げるのは三度目である。

 黒曜石の瞳が揺れた。

(私は………)

 きゅっと、唇を噛む。

「…それは命令か?」

 三度、同じ言葉が帰って来た。

「………」

 白哉の瞳がわずかに揺れた。

「そうだ…」

 過去二度の、白哉の返事はこの一言で終わった。

 だが、今は。 ―――

「そして…」

 どうしても、ずっと言えなかった想いを言葉にせねばと、そう思った。

 まっすぐにを見据えて、そっとその頬に触れる。

「…私の "願い" でもある…」

「………」

 予想もしていなかった白哉の言葉に、は言葉を飲み込んだ。

 呼吸をする事も忘れ、大きな瞳を更に大きくして白哉を見据えた。

… 私は………」

 白哉はまっすぐに、を見据えた。

「お前を愛している………」

「 ――― …」

トクン ―――

 突然の告白に、言葉を探せなかった。

 ずっと、その言葉が欲しかったのだ。

 その頬に触れた確かな温もり…

 ずっと、この温もりに焦がれていた。

「…言葉が足りずに、傷付けてしまう事もあるだろう。 それでも、私は…」

 白哉の声を遮って、はその胸に飛び込んだ。

「よい…」

 ぎゅっと、小さな手が白哉を抱き締める。

「よいのだ、白哉… もう十分だ………」

 初めての出会いから、長い時が経っていた。

 互いの不器用なまでの一途な想いが今、やっと届いた。

 どちらからともなく、唇を寄せる。

 啄ばむ様に優しく、溢れる想いのように深く… 何度も…

…」

 愛しい声が、自分の名を呼び。

 愛しい手が、自分の髪を撫でる。

 それだけの事で、とても満たされている気持ちになって…

「白哉………」

 黒曜石の瞳から、ぽろぽろと涙が零れた。

 包帯の巻かれた、傷だらけの体。

「白哉…」

 それでも。

「………抱いてくれ… 白哉………」

 その温もりをもっと感じたかった。

 一瞬驚いたようにを見て、白哉は優しく微笑んだ。

「……」

 そっと、傷に障らぬように優しく、少女の体をゆっくり押し倒…

「いけません!」

 突然の第三者の声。

 も白哉も驚いて、目をぱちくりさせた。

「う、卯ノ花…!」

 いつの間に病室に入って来たのだろう。

 四番隊・隊長の卯ノ花が、わずかに眉を寄せていた。

「やはりここでしたね、朽木隊長。」

 じっと白哉を見据える。

「絶対安静だと申した筈です。 救護詰所が慌しく動いている時に、お手を掛けさせるのは止めて下さい。」

 さすがの白哉も悪いと思ったのだろう。

 何も言わなかった。

 卯ノ花がに視線を移す。

さんもです。 大胆になられるのは大変結構ですが… もう少し周りに注意を払った方が宜しいかと…」

「え…?」

 卯ノ花の声に、の顔から血の気が引いた。

「なっ…!?」

 の病室の前に、人垣が出来ている。

 恋次や一護、ルキアをはじめ、多くの者達が病室を覗き込んでいた。

「っ… ///// 」

 真っ赤な顔で白哉を見上げると。

 白哉は気付いていたようで、別段慌てている様子もない。

 全て見られて… 聞かれていたと言うのだろうか?

 三度目のプロポーズも、何度も交わしたキスも… そして………

「 ○△☆◇〜!! ////////// 」

 言葉にならない悲鳴を上げる。

 顔が熱い。

 穴があったら入りたい気分とは、まさにこの事だろう。

「忘れろ!! 今、見て聞いたものの全てを忘れろ!!! ///// 」

 四番隊の救護室の一室に、響くの声。

 一気に笑い声が溢れた。

 藍染の反乱から、一週間。

 平和が、戻って来たのだ。


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