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「…なーにヘコんでんだよ?」

 突然投げられた声に、ルキアが振り返った。

「…恋次…」

 恋次はどかっと、ルキアの隣に腰を下ろした。

「穿界門、もうじき完成らしいな。」

「そのようだな…」

 ルキアがわずかに目を伏せた。

「…何ヘコンでんだ、てめえは? 一護達と別れるのが辛いのか?」

 穿界門が完成すれば、一護たち旅禍は現世に戻る事になるだろう。

 ルキアの憂いはそうではない。

「私は… このまま尸魂界にいても良いのだろうか…」

 突然のルキアの声に、恋次が目を丸くする。

「は? お前、何言って…」

 恋次の声を遮って、ルキアが首を振った。

「私は、の代わりとして朽木家に養子として迎えられたのだ。 が戻った今… 朽木家に私の居場所など………」

 ルキアが語尾を濁した。

(なるほど…)

 恋次が小さく息を吐いた。

 ルキアが不安がるのも無理はないだろう。

 何でも一人で背負い込めるほど、ルキアは強くない。

「………」

 恋次がぽりぽりと頭を掻いた。

「じゃ… …俺んち… 来るか?」

「え?」

 恋次の突然の声に、ルキアが目を丸くする。

「行く所がねえってんなら、俺んち来いよ…」

 恋次が続ける。

「俺も副隊長だ。 …お前一人くらいの面倒なら見てやるよ…」

「恋次…」

 ルキアの瞳が揺れる。

「あ、イヤ、その…! 別に変な意味じゃ……… /// 」

 わずかに慌てて、恋次が赤くなった。

「ありがとう、恋次…」

 ルキアが微笑んだ。

 いつだって、自分の背中を押してくれたのは恋次だった。

「恋次、私は………」

「ここにいたのか、ルキア!」

 突然の第三者の声。

 ビクッと、ルキアの体が震えた。

…」

 恋次が視線を投げる。

「すまぬ、阿散井。 邪魔しに来たぞ。」

 が恋次を見上げて含み笑いをする。

(この野郎………)

 恋次が頬をヒクつかせた。

………」

 ルキアの瞳が不安げに揺れる。

むにっ。

 戸惑うルキアのその頬を、が軽くつねった。

「また難しい顔をしているな。 ハゲても知らぬぞ?」

 ルキアの顔を覗きこんで意地悪そうに笑うが、ルキアは目を伏せただけで何も言わなかった。

「…やれやれ。 難しいヤツだな…」

 は困ったように息を吐いた。

「何を一人思い詰めているのだ、ルキア? 言葉に出さぬとわからぬぞ?」

 はそう言うが、ルキアは黙ったままだった。

「…お前が何も言わぬのなら、私から先に言うが… よいか?」

 の声に、ルキアが眉を寄せる。

 の事は嫌いではない。

 むしろ、好きである。

 から、別れを告げられたら………

「………」

 ルキアは唇を噛んで、グッと強く拳を握った。

「…兄様を… 頼む………」

 震える声で、続ける。

「…幸せになってくれ…」

 ルキアの声に、が息を吐いた。

「バカだな、ルキア…」

ぽん。

 その頭を撫でる。

………」

 戸惑う瞳で、ルキアがを見上げた。

「お前に出て行けと、私が言ったか? それとも白哉が言ったのか?」

 ルキアは戸惑いながら小さく首を振った。

「違う…! だが…」

 が困ったように眉を寄せた。

「ほら見ろ、白哉! 全てお前のせいだ。」

 が背中越しに声を投げる。

 ビクッと、ルキアの体が震えた。

 いつからそこにいたのだろう。

「に、兄様………」

 の肩越しに、白哉の姿が見える。

 そっと、の小さな手がルキアの頬に触れた。

「? …?」

 首を傾げるルキアに、がにこりと微笑む。

 透き通るような、微笑だった。

「すまなかったな、ルキア…」

 そっと、はルキアを抱き締めた。

 突然のの謝罪の言葉と行動。

 益々訳がわからず、ルキアは首を傾げる。

「私の代わりにと 養子に迎えられ四十年余り… 辛い思いをして来たのだろう…」

 の声は優しい。

「白哉は何を考えておるのかわからぬし、めったに言葉もくれぬし、頭だって固い。 お前に冷たく接していたのではないか?」

 背中越しに白哉が眉を寄せているが、は構わず続けた。

「言っただろう、ルキア… お前は私が護ると…」

 に抱き締められたまま、ルキアが唇を噛んだ。

「わ、私は… …出て行くつもりで…」

「何故、お前が出て行かねばならぬのだ?」

 が困ったように眉を寄せる。

「お前は白哉の妹で、私の家族だ。」

 の声が心に沁みる。

「 ――― …!」

 ルキアが言葉を飲み込んだ。

「バカな事を言わずに、共に生きよう。」

 ルキアの髪を撫でるの手は優しく… 温かい。

ぽん。

 白哉の大きな手が、ルキアの頭を撫でた。

 ルキアが驚いて、弾けたように白哉を見上げた。

「…辛い思いをさせたな、ルキア… …すまなかった…」

 白哉の声に、きゅっと唇を噛む。

 がちらっと白哉を見て笑った。

「白哉にルキアはやらぬぞ! ルキアは、私が護る。」

 ぎゅっと… が強くルキアを抱き締めた。

「幸せになろう、ルキア。」

「…っ…」

 言葉が出なかった。

ポロッ

 その瞳から、涙が零れる。

ポロポロ…

 温かい涙なんて… 初めてだ。

「うわぁぁああああ………!」

 堪え切れなかった。

 込み上げる様々な想い、それを発散させるように声を上げて泣いた。

 の裾を握る、震えた小さな手。

「………」

 愛しそうに目を細めて、がその髪を撫でた。


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