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 双極の丘に、穿界門が完成した。

 今日は、一護達旅禍が、現世に戻る日である。

 浮竹に死神代行許可証を手渡されて、一護が視線を移した。

 じっと、まっすぐにを見据える。

「…色々と、ありがとな。」

「礼を言うのは私の方だ。 ルキアを助け出してくれた事、感謝しておるぞ。」

 一護を見上げて、がにこりと微笑んだ。

「……… /// 」

 わずかに頬を赤らめながら、一護がぽりぽりと頭を掻く。

 視線をルキアに移した。

「じゃあな!」

「ああ。」

 ルキアは笑っていた。

 ルキアを助ける為に、その笑顔のために尸魂界へやって来たのだ。

 あの日降っていた冷たい雨が、やっと止んだ気がした。

 雨が上がり、その心は清々しいまでに晴れ渡っていた。

「夜一…!」

 穿界門に飛び込もうとしていた夜一が、振り返った。

「…またな。」

 そこでは、が笑っていた。

「………」

 最期に告げられた、『さようなら』。

 その時に凍て付いた心が、再び温かく解けて気持ちが和む。

「ああ… またな、。」

 四人と一匹が、穿界門に飛び込んだ。

「…自由奔放な子供だな、ルキア。」

「…ああ。 それが一護のよい所だ。」

 の声に、ルキアが笑った。

「さて…」

 くるっと、が踵を返す。

 行かねばならぬ、所があった。









 四番隊の救護室の一室。

「!」

 一歩病室に踏み入れて、日番谷は目を丸くした。

「……」

 雛森が眠る部屋。

 その傍らに、が座っていた。

「…傷はどうだ、日番谷?」

「心配すんな。 卯ノ花はすげーよ。」

 が目を伏せる。

「…雛森は?」

 日番谷が少し困ったように眉を寄せた。

「…雛森の傷は… 誰にも治せねーよ。 雛森が自分で乗り越えるしかないんだ。」

 心から慕っていた者に、見事なまでに裏切られたのだ。

 その傷は深い。

「雛森…」

 の瞳が揺れた。

「すまない、雛森…」

 小さく項垂れるを見て、日番谷が小さく息を吐いた。

「…お前のせいじゃねーよ、。 気にすんな。」

 日番谷がはゆっくり病室へ入って行った。

「………」

 日番谷が贈った髪飾りは、もう少女の髪には付いていない。

 藍染達と対峙した時に、弾け飛んだと聞いている。

 日番谷が唇を噛んだ。

「…悪かった、…」

 ぽんと、座ったままの少女の肩を叩いた。

 が驚いたように、首を傾げる。

「何故、お前が謝る?」

 少し困ったように、立ち竦む日番谷を見上げた。

「…護ってやるって言ったのに… 俺は何もしてやれなかった…」

 よほど悔しいのだろう。

 日番谷は唇を噛んでいた。

 は小さく笑った。

「何を謝る、日番谷…」

 日番谷の言動には、心が洗われる気がする。

「お前は確かに、私を護ってくれたぞ…」

 藍染と対峙した時、を鎮めてくれたのは、日番谷がくれた髪飾りの鈴の音だ。

 あのまま怒り任せに剣を振るえば、それこそ手遅れになっただろう。

 日番谷は強く拳を握った。

「…そのような表情(かお)をするな。 …お前は悪くない。」

 が小さく首を竦めて笑った。

「………っ…」

 日番谷は唇を噛んだ。

 次の瞬間。

ガッ

 を抱き締めた。

 突然の日番谷の行動に、が目を丸くする。

「日番谷………」

 を抱き締めたまま、日番谷は一度息を吐いた。

「俺… お前が好きだ。」

 告げようかどうか迷った想い。

 日番谷の声が、の耳に届く。

「…ありがとう……… でも、私は…」

 の瞳が揺れた。

「わかってる… だから………」

 日番谷が目を細めた。

「…これで… 終わりだ………」

 小さな手は震えている。

「………」

 は拒まず、されるままに身を預けていた。

 震える小さな手も、痛いほどの抱擁も、その心に響く。

 日番谷の纏う空気は、心地良い。

 日番谷は強いから。

 同じ空間にいるだけで、弱い自分は救われるようなそんな気がする。

「 ――― ………」

 日番谷は目を伏せた。

 そっと、の体を離す。

 が目を開けた。

「日番谷…」

 優しく微笑む日番谷が、その瞳に映った。

「…じゃあな、………」

 の脇を通り、雛森の眠るベッドへ歩み寄る。

「………ありがとよ。」

 すれ違う際に聞こえた、言葉。

 が唇を噛んだ。

「…私の科白だ…」

 ゆっくり立ち上がる。

「…ありがとう……… 日番谷…」

 振り返ることが出来なかった。

 日番谷の気持ちには、薄々気付いていたから。

 それでも、甘えさせてくれた日番谷は…

 やはり、強いと思う。

 互いに振り返る事も出来ずに、遠ざかる背中が、言葉よりも多くのことを語っていた。

 が病室から出て行ってすぐに、日番谷がゆっくり息を吐いた。

「…いるんだろ、松本…」

 眠る雛森を見つめたまま、日番谷が口を利く。

「…ノゾキか。 いい趣味だな…」

 日番谷の声に、松本が笑った。

「たーいちょ♡」

「あ?」

 場違いなほど明るい副官の声に、日番谷が眉を寄せて振り返る。

「飲みに行きましょ!」

 言うや否や、日番谷に飛びついた。

「あぁ!?」

 日番谷が更に眉を寄せた。

「だーいじょーぶ♡ 今日はアタシが奢りますから♡」

 と、日番谷を小脇に抱えて歩き出す。

「お、オイ…!」

「そのかわり…」

 日番谷の抗議の声は、松本に遮られた。

「…明日は、隊長が奢って下さいね…」

 大切な者に裏切られたのは、雛森だけじゃない。

「ああ………」

 日番谷は抵抗を諦めた。

 半ばヤケになっている松本は、誰が何と言っても止まらない事を知っている。


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