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「………」

 双極の丘。

 砕かれた双極の磔架の上。

 時折吹く柔らかい風に、艶やかな髪が揺れる。

 は小さく笑った。

 子供の頃。

 泣いていた自分を励まそうとしたのだろう。

 幼い白哉が、橙色の紙飛行機を折ってくれた。

 青い空と相反する橙の紙飛行機。

 綺麗だと思った。

 白哉が上手に飛ばせていたから、自分にも出来ると思ったが。

 白哉のように上手く飛ばす事が出来ず。

 結局泣いてしまい、白哉を困らせたものだ。

「…何故だろう… 今なら、遠くまで飛ばせるような気がする…」

 の手の内に、橙の紙飛行機があった。

 すっと、それを放つ。

 風に乗って、青い空に橙の紙飛行機が舞った。

 空の青に溶け込むことなく、まっすぐに飛ぶ紙飛行機。

 徐々に小さくなって、やがて見えなくなった。

 の心は軽い。

 中央四十六室が滅んだ今、尸魂界の全ての決定権は総隊長である山本が握っている。

 今後の身のふりを相談した所、好きにしろと言われた。

 己の持つ力は強大だが、恐れることは何もない。

 白哉が共にあろうと言ってくれた。

 『血は洗い流せる。』

 その意味が、やっとわかった気がした。



少女の手から放たれた紙飛行機は




「わー♡ 剣ちゃん見て見てー!」

「ん?」

 嬉しそうにはしゃぐやちるの声に、更木が視線を上げた。

「へー、上手く飛ぶもんすねー。」

 斑目一角も倣って空を見上げる。

「橙の紙飛行機… 空の青さに引き立って美しいじゃないですか。」

 綾瀬川弓親が呟いた。



風に乗りどこまでも




「お、いいねぇ〜…」

「…橙の紙飛行機か… 誰かわからないが、洒落た事をするな。」

 京楽と浮竹が顔を見合わせて笑った。



どこまでも飛んで行く




「あ、たいちょー♡ 紙飛行機ですよ! 懐かしい…」

 子供の頃、今はもういない男と一緒に、紙飛行機を飛ばした事を思い出した。

「ああ… 懐かしいな…」

 執務室の窓の外に一度視線を投げて、日番谷が笑った。

 子供の頃、雛森が上手に折ってくれた。



それを縛るものは、何一つない


「ん…?」

 ルキアが首を傾げた。

「橙の紙飛行機………」



一度空へ飛び出した紙飛行機は




 昔、白哉が飛ばしていたのを思い出した。

 その時の白哉の表情はとても穏やかで。

 白哉でもそのような顔を見せる事があるのかと、少し驚いたものだ。



まるで己が意志を持ったかのように自由に




「…俺もどこか飛んで行きてーなぁ…」

「ダメっすよ、先輩。 九番隊は今、先輩の腕にかかってるんですから!」

 埋もれるような量の書類。

 溜息を吐く檜佐木に、恋次が釘を刺す。

「恋次… 根詰めても業務は捗らぬ。 休憩にしてはどうだ?」

 見かねたルキアが首を竦めた。

「じゃ、僕お茶入れて来ますね。」

 吉良が席を立つ。



どこまでも飛んで行く




「…?」

 砕蜂が空を見上げた。

「…紙飛行機か…」

『どうだ? 上手いもんじゃろ?』

『夜一様も、紙飛行機などお飛ばしになるのですね…』

『まぁな。 我侭な姫様がおるからのう。』

 そう言って、夜一は細く笑った。

 それを思い出したのだろう。

 砕蜂が小さく笑った。



飛び続けることに 飽きるまで




「………」

 執務室の外に、白哉が視線を投げた。

「橙の紙飛行機…」

飛び続けることに 疲れるまで


か…」

 紙飛行機を見上げる白哉の瞳は優しい。

ス…ッ…

 風に煽られたのか、紙飛行機が白哉の許へ落ちてくる。



いずれか帰る その場所まで …




 そっと広げた掌で、それを受け止めた。



ずっと探していた その場所まで …




「…随分長く飛んでいたようだが… 気分はどうだ?」

 白哉が声を投げる。

 が首を竦めた。

「…癪に障る。」

 と、眉を寄せた。



誰よりも愛しい 貴方の許へ …




「結局は、何度飛ばしてもお前の許へ戻ってしまうのだから。」

 子供の頃からずっとそうだった。

 何度飛ばしても、の手から飛び立った紙飛行機は、白哉の足許に落ちてしまう。

「………まぁ、悪い気はせぬ。」

 空を見上げた。

 どこまでも広がる青い空を。

 多くの者に支えられて生きている事を、改めて実感した。

 だから。

「ありがとう、"   "…」

 そっと呟いてみる。

 生きようと… 生きたいと、思った。



誰よりも愛しい 貴方の許で


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