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「………」

 防人一族の里。

 その中心から離れた場所にある離れ。

 自分に宛がわれたその場で、は膝を抱えて蹲っていた。

 あの時…

 浦原に組み敷かれ、斬魄刀の切っ先を突きつけられた時。

「…っ…」

 心を傷を抉られた。

 震える体を抱き締めるように、ぎゅっと膝を抱える。

 怖い。

 人に傷付けられるのが、怖い。

 人を傷付けるのが、怖い。

 人と関わることが怖い…

「夜一………」

 縋りつくように、その名を呼ぶ。

 四楓院夜一の紹介で知り合った男、浦原喜助。

 浦原は『変な奴』だった。

 頭がいいのか悪いのか、どこまで冗談でどこからが本気なのか、全くわからない。

 いくら夜一に頼まれたからと言って、自分のような小娘の修行に付き合ってくれるなんて、随分なお人よしだ。

 だが。

「………」

 がわずかに目を伏せた。

 その見解は徐々に変わって行った。

 浦原は人がいいんじゃない。

 何か夢中になれるものを探しているのだ。

 昔から、やれと言われた事は全て卒なくこなして来たのだろう。

 そのせいか、浦原は何事にも夢中になれずにいた。

 とりあえず今は、隊長になろうとしているらしい。

 理由を訊ねたところ、予想した通りの答えが返って来た。

『それが一番難しいって聞きましたから。』

 の瞳が揺れた。





『夜一が、人には皆護りたいものがあると言っていた。 お前の護りたいものとは何だ、喜助?』

『アタシにはありませんよ。 そんな物、面倒なだけです。』

『では、お前は何故死神になったのだ? 何のために?』

『さぁ、どうしてでしょうねぇ? 自分でもよくわかりません。』





 何故だろう… 哀しかった。

 人として、大切なものが欠けていると思った。

「…白哉………」

 その声は誰にも届かない。











「どうしたのじゃ、喜助? おぬしが儂を訪ねるなんて…」

 突然呼び出されて、夜一が首を傾げた。

「………」

 言葉は発さず、何か言いたそうな目でじっと夜一を見据える。

「………」

 夜一が目を伏せた。

「…触れたか… の傷に…」

「…夜一さんは、何か知ってるんっスね?」

 浦原の声に、夜一がゆっくり重い口を開いた。

「…おぬしの思う通り……… の母を殺したのは儂じゃ…」

 浦原は夜一をじっと見据えたまま、何も言わなかった。



 あの日は雨が降っていた。

 刑軍の敷地内で、人の気配を感じた。

 またか白哉が迷い込んだのだろうか?

 刑軍の鍛錬に巻き込まれれば命はないだろう。

 夜一は気配のする方へ向かった。

 そこには。

 一振りの刀を振りかざした女と…

(!? ?)

 夜一は目を疑った。

 女は、に向かって刀を振り下ろした。

「!」

 夜一は息を飲んだ。

 気が付いたら…

 その女を斬り捨てていた。

 涙と血に濡れた幼い黒曜石の瞳が、驚いたように自分を見上げる。

 の涙を見たのは、その時が初めてだった。

 返り血を浴びて、真っ赤に濡れた夜一を見上げて…

『うわぁぁああああ…!』

 は声を上げて泣いた。

 雨の中、わずかに震える夜一を強く抱き締めて… 泣いた。



「…儂が初めて手にかけたのが、の母親じゃ…」

 震える自分をぎゅっと抱き締めた小さな手。

「…初めて、何かを護りたいと… そう思ったのじゃ…」

 夜一の瞳が揺れた。

「…罪の意識ってヤツですか…」

 浦原が小さく首を竦める。

「…醜いっすねぇ…」

 この世界には、なんて醜い物ばかりが渦を巻いているのだろう。

「何故、アタシをさんと会わせたんです?」

 浦原の声に、夜一が眉を寄せた。

「…なら… おぬしの殻を破ってくれると信じておったからじゃ。」

 浦原は口元だけで細く笑った。

「…なるほど。 やっぱりそう言う訳ですか。」

 じっと夜一を見やる。

「アナタが変えたかったのは、さんじゃない… アタシなんですね…」

 夜一が小さく唇を噛んだ。

「すまぬ。」

 と、頭を下げる。

「だが、の力になりたかったのも嘘ではない。」



『…誰にだって、護りたいものはある。』

 夜一の声に、浦原は細く笑った。

『アタシにはありませんよ。』

 冷たい声。

 浦原はきっと。

 この世界で何一つ信じていない。

 だから…



「顔を上げて下さいよ、夜一さん。 謝らないで下さい。」

 浦原は小さく笑った。

「結果オーライじゃないですか。」

 まんまと夜一にしてやられた。

「…アタシにも出来そうですよ… 『護りたいもの』ってやつが…」

 何故だろう、いつもより少し、心が軽かった。


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