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 どっしりと重たい、分厚い雲が空に広がっている。

 それは浦原の複雑な気持ちを、更に沈ませた。

「何か… 今のアタシの気持ちを表したような空ですねぇ〜…」

 煙管から口を離し、白い煙を吐き出した。

 それはゆっくりと空へ昇って行く。

 最近、やっと止められそうになっていたのに、と。

 浦原は自嘲気味に細く笑った。

 この所、目が回るほど忙しかった。

 十二番隊・第三席としての任務や技術開発局・局長としての依頼。

 その合間を縫っての修行に付き合い、そして道具の開発。

 寝ても覚めてもの事ばかりを考えており、煙管で一服時間すらなかった。

「………」

 らしくないと思う。

 この自分が、ショックを受けている事が信じられなかった。

 が幸せであればそれでいいと思っていたのに。

 その胸中に渦を巻くのは、醜い嫉妬。

 嫉妬を抱くほど、人に対して執着したのは初めてだった。

パキィッ

「!」

 浦原は我に返った。

 煙管に、小さな罅が入っている。

「あらら… 壊しちゃいましたか。 無意識に霊圧が上がってたんスかねぇ…?」

 小さく息を吐いて、技術開発局の局長室の窓から空を眺める。

「…?」

 妙な胸騒ぎを感じて、浦原は眉を寄せた。

(何だ…?)

 大気が震えているとでも言えば適当だろうか。

 不穏な巨大な霊圧が渦を巻いているような、気配…

「…! ――― 」

 浦原は息を飲んだ。

(あの方角は………)











ゴォオ

 行き場のない力が暴走し、辺り構わず襲い掛かっている。

「!!!」

 咄嗟の攻撃を避ける事が出来ず、夜一がキツク目を閉じた。

ガッ

「! 喜助…!」

「…大丈夫ですか、夜一さん?」

 自身の斬魄刀で盾を張り、その攻撃を防いで浦原が首を竦める。

「…すまぬ、助かった…」

 夜一の瞳が揺れた。

「いーえ♥ アタシと夜一さんの仲じゃぁないですか。」

 いつもの軽い口調でそう言って、浦原は視線を移した。

「…さて…」

 暴走している力が、その目で見るまで、誰のものかわからなかった。

 白哉を抱き締めている少女。

 そして、それを包む邪悪な霊圧。

 それら全てに驚いたが、何よりも。

「………」

 血塗れになっている… その姿が許せなかった。

 護ると決めたのに…

「………らしくない嫉妬で離れた間に、こんな事になるなんてねぇ…」

 誰に向けて吐かれた言葉だろう。

 それは驚くほどに冷たい。

「喜助…?」

 夜一が眉を寄せた。

「こっちの話ですよ…」

 浦原は小さく首を振る。

「さて… どうしましょうかねぇ…」

 巨大で不安定な霊圧が、辺りに風を巻き起こしている。

 近付く事すら容易ではないだろう。

(内に秘めた霊圧……… なるほど、深血ですか…)

 防人一族について、独自に調べ上げた。

 数代に渡って一人と言う確率で、稀に同じような現象が起こると書いてある文献を見つけた。

 過去のそれらは皆、内なる己に意識を喰われ自我を保ってはいなかった。

 そうなっていれば、始末する他ない。

「や、やめろ…!」

 が叫ぶ。

「止まれ…! 止まれーっ…!!」

 と、唇を噛んだ。

(…意識はさんですか。)

 力が暴走しているのはきっと、相反する二つの霊圧がぶつかっているためだろう。

 が抵抗している証拠である。

(さて、困りましたね… どうしましょうか…)

 浦原は眉を寄せた。

 蠢く大虚… 半分仮面を剥いだ虚、破面…

 敵は優しくない。

 浦原は小さく息を吐いた。

「…大虚と破面は、任せてもいいですか? 総隊長…」

 いつの間に駆け付けたのだろう。

 護廷十三隊の 総隊長・山本元柳斎重国を始めとする 隊長格の姿があった。

「よかろう… お主はあれを止めよ。」

 解放された禍々しいまでの霊圧。

 その中心にいるの側に、一振りの斬魄刀がある。

 それはの手にはなく、白哉の腹を貫いている。

「喜助…!」

 突然名を呼ばれ、浦原が振り返った。

 夜一だった。

「どうするつもりだ? まさか… を殺………」

「殺しませんよ。」

 その声を遮って続ける。

「必ず助けます。 だから…」

 トンっと、夜一の喉元を軽く突いた。

「動かないで下さいね…」

 夜一は息を飲んだ。

 体が動かない。

 これほどまでに完璧に、動きを封じられたのは初めてだ。

(…縛道、だと…? 喜助…!)

 夜一が唇を噛んだ。

 浦原は自身の斬魄刀を鞘に収め、一歩、に近付いた。

さん♥」

 その声に、弾けたようにが視線を投げる。

「ただいまっス♥」

 浦原喜助は、少女を見てにこりと笑った。


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