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「喜助………」

 が唇を噛んだ。

「助けてくれ、喜助…! 白哉が…!!」

 己の身の回りの状況よりも、白哉が心配らしい。

「当たり前じゃないですか、さん…」

 それもらしいと、浦原は細く笑った。

「そっち、行きますよ…」

 一歩、へと近付く。

ゴォオ

 風が浦原を拒んだ。

 吹き飛ばされそうになるのを、踏みしめる事で必死に堪える。

さん♥ お土産話がたくさんあるんですよ。 そーですねぇ、何から話しましょうか…」

 ゆっくりとへ近付いた。

「とりあえず… この風を止めて貰えませんか? これじゃ近付けない…」

 が首を振った。

「…止められないんだ… 私には出来ない…」

 初めて解放されたその力を、制御する術をは知らない。

「出来ますよ、さん。 気持ちを鎮めて下さい…」

 顔半分に白い仮面が形成されて行く状態での意識があると言うことは、抵抗している証拠である。

 まだ、完全に内なる虚が覚醒した訳じゃない。

(まだ… 戻れますね…)

 浦原が目を細めた。

(いえ… 戻してみせますよ…)

さん、それ… 防人の護神刀っスよねぇ?」

 その声に、が頷く。

「すごいじゃぁないですか。 それを手に出来た人がいたなんて、聞いた事ありませんよ。」

バチィッ

 浦原に向かって何かが伸びた。

 鮮やかな血を撒き散らしながら、片膝を突く。

「喜助!」

 が眉を寄せた。

「やめろ! 喜助に手を出すな!!」

 悲鳴のようなその声に、浦原が眉を寄せた。

 はきっと戦っているのだろう。

 内なる邪悪と。

 その戦いに手を出すことは出来ない。

 少し悔しくて… 浦原はゆっくり息を吐いた。

「…邪魔をするな…」

 突然の冷たい声に、は息を飲んだ。

「お前に、さんをくれてやるつもりなんて俺にはない。 殺されたくなかったら、大人しく消えろ。」

バチッ バチバチ…

 霊圧が飛んで来る。

 交わす事もせずに、浦原は大人しく斬られた。

「喜助…! っ、止めろっ!!」

 が唇を噛んだ。

「何故避けない、喜助…!!」

 の声に、浦原の瞳が揺れた。

(…アナタを護ると決めたんですよ… それなのに、どうしてアナタから逃げる事が出来るって言うんです?)

 護ると決めたから、避けずに全てを受け止めようと思った。

 この命が尽きても構わない。

 浦原は目元だけで細く笑った。

 を血塗れにさせてしまったのだ。

 その代償は、己の命でも足りない。

さん… 負けちゃァいけませんよ。 思い出して下さい…」

バッ

 朱が散った。

 容赦なく襲い掛かってくる霊圧に体を刻まれて…

 それでも、自身の斬魄刀には触れない。

「思い出して下さい、さん… アナタは、どうして… 力が欲しかったんですか?」

ボタっ

 血が滴り落ちた。

「力…」

 大虚や破面を相手に、隊長格が戦っている。

 それなのに、と浦原の周りはとても静かだった。

「内なる己に喰われないためには… 何故刀を振るうのか… 心の強くある様を見せないといけないんですよ…」

ゴォッ

 の力は、容赦なく浦原を襲った。

「喜助…!!」

 が眉を寄せた。

 浦原は血塗れだった。

 いつもはどうあっても、傷一つ負わされた事などなかったのに…

 がキツク唇を噛んだ。

「もういい… もういい、喜助! 紅姫を抜け!!」

 が続ける。

「…私を殺せ…っ…!!!」

 ぎゅっと、白哉を抱き締めるは、わずかに震えていた。

 浦原は目を細めた。

「何もよくないですよ、さん… アナタが諦めてどうするんですか。」

 諫めるその声は優しい。

 浦原は体を引き摺るように、へ近付いた。

ボタ

 血が滴り落ちる。

「思い出して下さい、さん… 何故、アナタは強い力が欲しかったんですか? 全てを、破壊するためですか?」

ピク

 が眉を寄せた。

「わ、私は… 護りたかったんだ…」





『夜一が、人には皆護りたいものがあると言っていた。』

 浦原を見上げて、は首を傾げた。

『お前の護りたいものとは何だ、喜助?』

『アタシにはありませんよ。 そんな物、面倒なだけです。』

 そう答えた時、わずかに黒曜石の瞳が揺れたのを覚えている。

『では、お前は何故死神になったのだ? 何のために?』

 その時は、何故がそのような事を聞くのかわからなかった。

『さぁ、どうしてでしょうねぇ? 自分でもよくわかりません。』

 じっと、しかめっ面のを見据える。

『アナタにもあるんですか? さん。』

『え…?』

 突然の浦原の声に、は目をぱちくりさせた。

『アナタにもあるんですか? 護りたいもの?』

『わ、私は…』

 は言葉を濁らせた。

『私の事はよいのだ! もうこの話は終いだ! 続けるぞ、喜助! /// 』

 真っ赤な顔でそんな事を言うものだから、それ以上聞く事はしなかった。

 もとより、その頃は、さほど他人に対して興味などなかった。





「何を?」

 浦原の声に、黒曜石の瞳が揺らぐ。

「…皆を… 大好きな人たちを… 護りたかったんだ…」

 浦原が目を細めた。

「…誰をです?」

 まっすぐに少女を見据えた。

 諭しているのに、その口から答えを聞きたくないと思う。

 この感情は何だろう?

ゴォッ

 炎が舞い上がった。

 暴走を続ける霊圧が、全てを焼き払おうとしているのだろうか?

 雨が降っているにも関わらず、炎は勢いを増して行く。

 地獄の黒い炎…

 それが少女自身をも飲み込もうとその身を包んだ。

「…」

 浦原が眉を寄せた。

 斬魄刀を抜けば、最悪の事態は免れるだろう。

 だが。

 に刀を向けることも躊躇われた。

 護ると決めた者へ、どうして刃を向けられよう。

 グッと、朽木白哉が少女を抱き締めた。

 吹き荒れる風の中、炎の中、何やら話しているがその声は聞こえない。

「私を殺せ…!!!」

 叫ぶの声だけが、浦原の耳に届いた。

「誰が殺させるもんですか…」

 浦原が唇を噛んだ。

 最早躊躇っている時間すら惜しかった。

 紅姫を抜こうと、その柄に手を…

「うわぁああああ!!!」

 の叫び声の直後、辺りが光に包まれ風が吹き荒れた。

 次に浦原の目に映ったのは。

 血塗れのを抱きかかえる、同じくらい血に濡れた白哉と。

 地に転がった、防人の斬魄刀。

 そして…

ガシャン…

 の掌を滑り抜けて地に落ちたそれは、防人一族の護神刀をは別の、一振りの斬魄刀だった。

 まるで血を洗い流すかのように。

 何事もなかったかのように、雨が優しく降っていた。


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