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「………」

 浦原は訝しそうに眉を寄せた。

 冷たい風の吹く、双極の丘。

 牢から逃げられたはいいが、夜一と約束した時刻ではない。

「何のつもりです? 白哉さん?」

 牢番を倒し、浦原を逃がしたのは白哉だった。

「自分が何をしているのか、わかっているんですか?」

 処刑の決まった罪人を逃がすと言うことは… それ相応の罰を受けることになる。

「…ならば、こうするだろうと思ったのだ。」

 浦原が絡んでいれば、おそらく夜一が動くだろう。

 だが、の大切な友を、罪人にする事は出来ない。

「…ご自分の手を汚しますか… 不器用な人ですね…」

 浦原が目を細めた。

 が封印されようとしていた頃も、白哉は何も言わず卍解の修行に精を出していたのだ。

 どうにか自分の手でを助けたいと思ったのだろう。

 その事を聞いたのは、大分時が経ってからだった。

「…アナタがその心を言葉にしたのなら… もっと、別の結果になっていたでしょうね…」

 白哉の瞳が揺れた。

「私は弱い………」

 悔しそうに、唇を噛み締める。

自らの決意を、揺るがす事など出来ぬ…」

 思えば、こうして白哉とまともに言葉を交わすのは初めてだ。

 きっと、誰よりもを大切に想っていたのだろう。

 若さゆえの汚れを知らぬ不器用さが、少し羨ましかった。

 白哉は一度、目を伏せた。

「…一つ、貴様に申したい事がある…」

「何でしょう?」

 スラァ… っと。

 白哉が斬魄刀を抜いた。

「…全力で私と戦え。」

「………」

 白哉の突然の申し出に、浦原は目を細めた。

「勘違いするな。 貴様が憎い訳ではない…」

 一度、目を閉じる。

 脳裏に、が過ぎった。

「これは… 私のケジメだ…」

「………」

 浦原が眉を寄せた。

 二人の間には、を巡る想いから様々な因縁があった。

「…構えぬのなら… 行くぞ…」

 白哉の霊圧が跳ね上がった。

「散れ、千本桜…」

 月明かりに煌いた刃が、浦原に襲い掛かる。

バチッ

 血霞の盾で防いだ。

「アタシと貴方が戦ったら… さんは哀しむんじゃあないんですか?」

 紅姫を手に、浦原は白哉を見据えた。

 白哉が強く拳を握る。

「それでも… 戦わねばならぬのだ。」

 強い決意の宿った瞳。

 浦原は小さく息を吐いた。

「…いいでしょう。 かかって来なさい。」

 とは言っても、追われる身である。

 さほど時間はない。

 白哉は一度、唇を噛んだ。

「卍解………」

 己の全ての霊圧を解放する。

「千本桜 景厳…」

 無数の花びらのような刃が、白哉の意志に従って動いた。

「…卍解ですか。 それで戦うには、貴方はまだ早いですよ。」

 浦原の声。

「百も承知だ…」

 白哉が浦原を睨み据えた。

「私は… 貴様を斬る…!」

ザァアアア…

 浦原が目を丸くした。

「懺景・千本桜 景厳。」

 無数に並ぶ、刃の葬列。

 その雄大さに、軽く感動すら覚える。

「………」

 浦原は一度、目を伏せた。

「…わかりました。 それでは、アタシも… それなりに力をお見せしましょうか。」

 紅姫を構える。

「行くよ、紅姫…」

 まっすぐに、白哉を見据えた。

「…卍解… ――― 」

 解放されたその霊圧に、大気が震えた。


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