「………」 浦原は目を細めた。 「…随分懐かしい夢を見たのは…」 現世の、浦原商店。 煙管を片手に、縁側に立って月を見上げた。 「…アナタが来ていたせいですかねぇ、さん。」 一人の少女が月明かりの下、その姿を現した。 「また… こうしてアナタに会えるなんて、思っていませんでしたよ…」 煙管の火を落として、パイプを置く。 じっと、少女を見据えた。 艶やかな漆黒の髪も、それと同じ色の瞳も… 浦原の記憶の中のそれと、何一つ変わっていない。 「喜助………」 の瞳が揺れた。 「はい、何でしょう?」 を見据える浦原の眼差しは優しい。 死覇装の裾をきゅっと握って、は目を伏せた。 「すまなかった………」 深く、頭を下げる。 「私のせいで… お前の生きる道は大きく反れたのだろう… 私がいなければ… お前は………」 浦原は少し困ったように首を竦めた。 「止めて下さいよ、さん。 言ったでしょう? アタシが好きでやったんですよ。 アナタのせいじゃぁない…」 浦原は細く笑った。 は俯いたまま、わずかに眉を寄せている。 「喜助… 私は………」 その声を、首を振って遮る。 「何て顔してるんですか、さん。 アナタらしくないですよ。」 全部わかっているから、何も言うな。 そう言いたげな声だった。 時折吹く涼しい風に、の髪が揺れた。 その薬指には、あの日に見た指輪が嵌められている。 「………」 きっと、不器用なまでの互いの想いは届いたのだろう。 が幸せなら、それで十分だ。 「…今回の騒動では… ご迷惑をおかけしました。」 今度は浦原が頭を下げた。 「アナタにも… 辛い思いをさせてしまいましたね…」 浦原の声は、まっすぐにの胸に響いた。 が眉を寄せる。 「…バカ者。 お前は謝るな… 私の傷など… お前に比べれば、何てことはない…」 いつも強気で勝気だった少女も、さすがにしおらしい。 浦原は細く笑った。 じっとを見据えたまま、ゆっくりと近付く。 人の痛みを、ちゃんとわかってくれる。 そんな所も少しも変わっていない。 自分が愛したままの、少女だ。 「喜助… 私は…」 「さん…」 の声を、遮った。 「…一つだけ、罪を犯しませんか?」 そう言って、両手を広げる。 突然の浦原の行動に、は首を傾げた。 「抱き締めさせて下さい…」 風が吹いた。 「これで… 最後です…」 髪が揺れる。 「喜助… ――― 」 黒曜石の瞳が揺れた。 そっと、小さな手を伸ばす。 バチィッ 触れる直前で、見えない何かに弾かれた。 浦原は眉を寄せた。 浦原自身がに触れるのは、禁じられている。 もしも。 が自分か白哉を思い続けて。 自分か白哉も、ずっとを長い間思い続ければ。 その想いが実った時に、封印が解かれるように。 そして、もしも。 が自分ではなく白哉を選んだのなら。 を思って身を引こう。 もう、触れる事も出来ぬようにと。 封聖壁に仕掛けを施したのだ。 それなのに… 「………」 唇を噛んだ。 溢れる想いは押さえきれず… ガッ 力一杯、少女を抱き締めた。 バチッ 己が仕掛けた罠が、襲い掛かる。 「喜助…!」 は目を見張った。 自身には、何の危害もない。 ただ、自分を抱き締める浦原の、指や手が裂けて… 血が溢れた。 「喜助、離せっ! お前が怪我をする…!」 離れようとが身を捩るが、それすら許さないほど、強く抱き締めた。 「…すみません……… 愛してるんですよ…」 ぎゅっと、その小さな体を包み込むかのように抱き締めた。 「………」 この温もりに、は幾度も惑った。 何とも言えぬ想いが込み上げる。 「喜助………」 その温もりに、涙が溢れそうだった。 パタッ パタタッ 血が滴った。 「そんな顔しないで下さいよ、さん…」 腕の中のを見据えて、浦原は微笑んだ。 「アタシの願いはですね… アナタが幸せであることなんだから。」 その声も、温もりも、微笑も… 今は全てが懐かしい。 「その隣にアタシがいれば、それが一番ですけど… 人生そう上手く行かないようになってるんスよ。」 さらっと、その髪を一度撫でた。 「ただ… 白哉さんには伝えておいて下さいね。 『さんを哀しませたら、その時はアタシがさんを攫いに行きます』って。」 浦原が細く笑う。 「今度は本気ですよ、アタシ…」 が眉を寄せて、首を竦めた。 「…私は… オチオチ泣いてもおれぬのか。」 「とーぜんじゃないですか。 さんに似合うのは笑顔です。」 かがんで、目線を合わせた。 そっと、その頬を撫でる。 「ほら、さん… アタシまだ、さんの笑顔 見てませんよ?」 浦原は、いつも優しくを包んでくれた。 「喜助…」 浦原をまっすぐに見据えて、は微笑んだ。 「ありがとう………」 スッと… その体が透けて行く。 きっと、無断で現世に下りて来たのだろう。 まるで煙のように、その姿は夜の闇に溶けて消えて行った。 裂けた掌… それを見据えて、浦原は強く拳を握った。 「…さようなら… さん…」 願いはただ一つ。 これからの少女の歩む道が、幸せなものであるように。 |