ガララッ 「失礼します、更木隊長!」 「何だぁ?」 十一番隊の鍛錬場。 「だめだよ、つるりん。 剣ちゃん、今鍛錬中! 出てくるまで入って来るなって、いつも言ってるでしょ!」 副隊長の草鹿やちるが、びしっと頭を丸めた隊士を指差した。 「そのあだ名ヤメロって言ってんだろ、チビ!」 イライラしたように吐き捨てた隊士に、更木が眉を寄せた。 「一角! 鍛錬中に訪ねて来るって事は、それなりの用件があるんだろうな?」 ビシバシ飛んでくる霊圧に、十一番隊・第三席 斑目一角が眉を寄せた。 (だから やだったんだよ… 弓親のヤロウ…) 冷や汗を浮かべながらも、一角は気を取り直して口を利いた。 「隊長に客です! 少し待たせてたんですけどうるさくて、仕方なく連れて来ました! 責任は自分で取るって言ってますんで、俺はこれで!」 言い終えるや否や、一角は脱兎の如く駆け出して、あっと言う間に見えなくなった。 「うわ〜! つるりん、早いねー。 もう見えなくなっちゃった。」 無邪気に笑うやちる。 更木は小さく息を吐いた。 「お前に興味はねえ。 俺はそう言ったはずだぜ?」 入り口の方を見れば、先程、召集時に紹介された少女・が立っていた。 は何も言わず、口元だけで細く笑った。 漆黒の、長い髪を掻き揚げる。 ほぅ。 やちるが嬉しそうに、更木の方へ視線を移した。 「剣ちゃん! 美人だね! 誰?」 やちるの声には答えない。 「封印がどうとか防人だとか、そんな事はどーでもいい。 俺は強い奴が好きなんだよ。」 少女は細く笑った。 「…では、何故お前が"剣八"を名乗る?」 更木は息を飲んだ。 少女の姿が消えた。 かと思えば、自分の髪に編み付けている鈴を手に、やちるの側で笑っている。 「…テメェ…!」 「剣ちゃん、だめ! 女の子だよ、優しくしてあげなきゃ!」 飛び出そうとした更木に、やちるが声を投げる。 はやちるの頭を撫でた。 「いい子だな。 私は。 童(わらし)、名は?」 「草鹿やちる! やちるって呼んでもいいよ!」 にっこりと元気にそう言うから、更木は小さく息を吐いた。 「怒るな。 弱者扱いされて私も気が立っていた。 すまない。」 と、は更木に向って鈴を投げた。 「…テメェ、強いな?」 「見たとおりだ。 お前は私の姿を眼に写したか?」 更木は笑った。 「はっはっはっはっは!!!」 突然の出来事に、はやちるを見やるが、やちるも首を傾げている。 「俺を相手に物怖じしない女は初めてだ! 気に入ったぞ、!」 「…よかった、剣ちゃん嬉しそう。」 やちるがにこりと笑う。 「私も気に入ったよ、更木。」 防人の名。 それは常に、少女を縛る重荷でしかない。 (どうでもいいと、言ってくれたからな…) となりにちょこんと座っている、やちるの頭を撫でる。 「だけど、やちるの方が好きだ。」 「あたしも好きだよ。 美人だもん。」 にっこりと笑う。 「…?」 が首を傾げる。 「ん。 でしょ? だから、! ダメ??」 やちるが少し不安そうに首を傾げた。 その様子が可愛らしくて、がその頭を撫でる。 「十一番隊か… 悪くはない…」 更木にやちる、そして、自分を案内してくれた一角と、十一番隊舎でお茶を入れてくれた綾瀬川弓親。 皆、正直でいい奴ばかりである。 (…迷惑はかけられないな。) 「オイ…」 突然声をかけられて、は我に返った。 「何だ?」 更木を見上げる。 「…朽木と知り合いか?」 一瞬だけ、少女の目の色が変わった。 だが、更木もやちるも、気付いた様子はない。 「…旧知の仲だ。 家と朽木家は…」 コツンと、小石を蹴る。 「実は…」 話を切り出し難そうなその様子に、更木が首を振る。 「俺はお前が気に入ったって言っただろ。 話せよ。 力になるぜ。」 その言葉に、小さく頷く。 「更木! やちるを貸してくれ!」 突然の申し出。 更木もやちる自身も、驚いて目をぱちくりさせた。 「実は、六番隊舎へ出向こうと思ったのだが、迷ってしまってな。 辿り着いたのが、この十一番隊舎だっただけだ。 道案内に、やちるを貸してくれ。」 「だって! 行って来ます、剣ちゃん!」 更木の言葉を待たず、やちるは駆け出した。 「行くよ、! こっちこっち!」 「待て、やちる!」 やちるを追って、も鍛錬場を出て行った。 一人残されて、更木は小さく笑った。 「馬鹿だな。 だが、嫌いじゃないぜ。」 「あ、隊長。 お一人ですか?」 鍛錬場を訪ねた、第五席・綾瀬川弓親が首を傾げた。 「どうした?」 「いえ、その… 羊羹があるので、をもう一度お茶に誘おうかと思ったんですけど… 先程は飲んでくれなかったので…」 更木は溜息を吐いた。 「いつもながら、感心するほど手が早いな弓親。」 「美しい者が美しい者に心奪われるのは当然です。」 さらりとそう言って、続ける。 「それで、隊長はお一人ですか?」 「ああ。 ならやちると……… しまった。」 慌てて鍛錬場の入り口でやちるの霊圧を探すが、もう遠くまで行っているのだろう、感じる事は出来なかった。 「…弓親。」 疲れたように肩を落として、続ける。 「お前と一角で、やちる探して来い。 急げ。」 更木も心配するはずである。 草鹿やちる。 彼女の方向音痴っぷりは、瀞霊廷内でも有名だった。 |