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 朽木白哉が木の上を見上げて小さく息を吐いた。

 探していたものが、そこにある。

。」

 突然名を呼ばれ、少女が視線を落とした。

「そんな所で何をしている? 下りて来い。」

「イヤだ!」

 ぷいっとそっぽ向いたに、白哉が溜息を吐く。

「毎日毎日、何故、作法や習い事ばかり学ばねばならんのだ! 防人の里を抜け出した時くらい、ゆっくり過ごしたい!」

 一族の中で、少女が煙たがられている事は、耳にしている。

 戻りたくないと言うの気持ちもわかるが…

「!」

 が空を見上げた。

「白哉! 鳥だ!」

 大空を飛ぶ鳥に、嬉しそうににっこりと笑う。

「…いいなぁ、鳥は。 どこへ行くにも自由だ。」

 が手を伸ばした。

 当然ながら届くはずもなく、少女の手は虚しく宙を掴んだ。

と。

「わぁっ…!」

 バランスを崩し、まっ逆さまに木から落ちる。

 身を翻して着地をするのは容易かったが、視界にあるものが入ったので止めた。

ドサッ

 かなり高い所から落ちたはずなのに、全く衝撃がない。

 それもそのはず。

「白哉!」

 朽木白哉の腕に、受け止められたのだ。

「バカ者! 着地くらい自分で出来るわ!」

「…そうか。」

 白哉が細く笑む。

 この男がこれ程穏やかな表情を見せるのは、まずめずらしい。

「…バカ者。 恥かしいではないか。 /// 」

 それに加え、いつもより顔が近い。

 図らずも、少女の頬に朱が差した。

「鳥が馬頭らしかったのか?」

 少女を抱き締めたまま、木の根元にゆっくりと腰を下ろす。

 白哉の声に、が小さく首を振った。

「鳥のように自由に空を舞えたなら、私はどこへ行くのだろう。 そんな事を思ったのだ。」

 空を見上げると、鳥はもう遠くまで飛んでいた。

「白哉なら、どこへ行きたい?」

 首を傾げる少女。

 自分の膝の上に座る少女。

 その艶やかな長い髪を、何も言わずに撫でる。

「どうした、白哉? 今日のお前は少し変だ。」

 が眉を寄せた。

 そっと、の頬に手を添える。

「…オイ、白哉。 ///// 」

 大人しくされるままであるが、は真っ赤な顔で何か言いたそうに白哉を見据えていた。

「…直に当主を継ぐ事になる。」

「知っている。 それがどうした? 今更イヤになったのか?」

 少女の声に、ゆっくり首を振った。

「…当主を継ぐを言う事は、妻を娶らねばならんのだ。」

 この声に驚いたのはである。

「…妻? け、結婚するのか、白哉…?」

ツキン

 胸が痛んだ。

「ああ。 これよりその者を連れて行かねばならぬ。」

「こんな所で私に構っている場合か。 早く行け。」

 慌てて自分の膝の上から離れようとする少女。

 その細い腕を掴んで、引き止める。

「わからぬか、?」

「え…?」

 少女が眉を寄せた。

「私は… お前を迎えに来たのだ。」

 白哉が少女の小さな手を取り、一つ、優しく口付ける。

「………。」

 突然の言葉に、が目を丸くする。

「…私を?」

「そうだ。」

「…嘘だ。」

 少女が小さく首を振る。

「嘘ではない。 私が今まで、お前に嘘を吐いた事があるか?」

「でも…!」

 少女の黒曜石の瞳が、不安に揺れる。

 何か言おうとしたが、白哉に真っ直ぐに見据えられて。

 呼吸をする事さえ、苦しかった。

「…茶も点(た)てられぬ小娘だぞ?」

「ああ。」

「……花も活けられぬ小娘だぞ?」

「知っている。」

 少女が、きゅっと唇を噛んだ。

「………一族の恥と罵られ陰口を叩かれている… 霊力の欠片も持たぬ、ただの小娘だぞ…」

「それがどうしたと言うのだ?」

 こんな時ですら、白哉は落ち着いている。

 死ぬほど緊張しているのは自分だけなのかと、が小さく首を振った。

「…朽木の名に泥を塗るつもりか。」

 その声も、少女の小さな手も、震えていた。

 白哉の大きな手が、そっと、少女の手を握る。

「気にせぬと申していたではないか。」

「私は気にしない…! でも…」

 黒曜石の瞳が揺らいだ。

「白哉に… 迷惑はかけたくない…」

 少女が続ける。

「私は… 白哉の重荷にはなりたくない…」

 白哉は小さく息を吐いた。

「お前を妻に迎えると言うのは、他ならぬ私の意志だ。 誰にも口出しはさせぬ。」

 真っ直ぐに、少女を見据える。

「私の妻になれ、。 二度は言わぬぞ。」

 少女の振るえた唇が、ゆっくり言葉を紡いだ。

「…それは、命令か?」

 白哉が眉を寄せる。

「…そうだ。」

 幼い頃から、面識のある二人。

 は返答に困った時、いつも同じように訊ねていた。

 白哉は大半は答えない。

 だが、今日は。 ―――

「………ん、わかった。」


 白哉は私に、「好きだ」とか、「愛している」だとか。

 そんな言葉はくれなかった。

 だけど、寡黙な白哉が、妻になれと言ってくれた。

 朽木家に代々伝わる指輪もくれた。

 それで十分だった。

 半分夢でも見ているかのような足取りで戻った、防人一族の里。

 そこで私を待っていたのは。

 大虚(メノス・グランデ)の大群だった。

 防人一族が襲われていた。





スっと。

 ゆっくり目を開けた。

(…随分懐かしい夢だったな………)

 庭を眺めながら、いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。

 何者かの気配で、目を覚ましたのだ。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか…」

 人の気配がする方向に、目を向けた。


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