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 朽木邸の離れ。

 そこから出る事もなく、何もない庭をただ眺めている。

 もう、三日程、はそうしていた。

ちょこん。

 草鹿やちるが、顔を覗かせた。

 朽木の敷地内。

 ある気配を頼りに、あるモノを探しているようだ。

チリーン

 微かに耳に届いた音。

 その音がした方へ、駆ける。

ー!!」

 目的の人物を見つけて、やちるは嬉しそうにに飛び付いた。

「やちる! な、何だ…?」

 思わず目を丸くする。

「どうした、朽木の敷地内だぞ? 庭から来たって事は、無断侵入か?」

 の声には答えず、やちるがぎゅっと少女を抱き締める。

〜…」

 が一瞬、眉を寄せた。

 だがすぐ笑顔に戻って、やちるの頭を撫でる。

「何だ?」

「ううん、に会いたかったの!」

 やちるはにこりと笑って、と会えなかったこの三日の間に何があったのかを話し出した。

「あのね、つるりんがね…」

 最初の話題は、第三席・斑目 一角だった。

 三日前に、七番隊の隊士と揉めたようだ。

「馬鹿だよねー! 何にもない所でつるんって転んじゃって、そのまま四番隊に入院!」

 やちるはを見て、にこにこしながら続けた。

 言葉が途切れるのが、嫌なのだろうか。

 ほとんど休む間もなく、一気に捲くし立てる。

「弓っちがね、眉毛のお手入れしてたんだけど、短くしすぎて今すっごく変なの!」

 は、やちるが話をしている間、ずっとその頭を撫でていた。

「でねでね! 剣ちゃんがね…」

 が、にこりと微笑んだ。

「やちる。 そんなに慌てて話さなくても、私はお前を追い返したりしない。 どうした?」

 その声があまりにも優しくて、頭を撫でてくれるに安心して…

「…っく…」

 やちるの目に涙が光った。

「…ひっく… 〜……… っく、グスン…」

 突然泣き出したやちるに、が小さく息を吐く。

「斑目がやちるに何かしたのか?」

 の声に、やちるが首を振る。

「では、綾瀬川か?」

 フルフルと、首を振るやちる。

「…更木か? いや、まさか… 誰に何をされた?」

 それでも、やちるは首を振る。

「あのね… あの、ね…」

 泣きながら、懸命に口を利く。

「ん…」

 決して急かすわけでもなく、はやちるが口を利くのを待った。

「………疲れちゃったよぉ〜…!」

 そう言って、座っているに、ぎゅっと抱き付く。

 子供と言えど、仮にも十一番隊の副隊長。

 他の隊と同じく、この小さな子供の両肩にも、任務が重く圧し掛かっている。

「…に、会いたくてぇ… ヒック… 昨日から、ずっと探してたけど…」

 やちるの目から、ぽろぽろと涙が零れた。

…! どこにもいないんだもん…!」

 が、そっとやちるを抱き締めた。

「悪かった。 一人で淋しかっただろう。」

 の声に、やちるは更に泣き出す。

「ひッつーも、いっくん(市丸)も… 卯ノ花さんに聞いても 知らないって言うんだもん… ずっと、ずっと探してたんだよ…」

 涙に濡れた幼い瞳が、を見上げた。

「…大丈夫。 どこにも行かないよ。」

 優しく微笑みながらそう言うが、の胸中は穏やかでなかった。

 朽木白哉に昔の傷を指摘されて、巻き込みたくないから、自ら朽木邸に篭った。

 そうするのが一番いいと思っていたのに、こうしてやちるが自分を求めて泣いている。

 どうすればいいのか、わからなくなっていた。

… 今日は、ずっとの側にいてもいい…?」

 突然声をかけられて、は我に返った。

「もちろんだ。 気の済むまでそうすればいい。」

「ならぬ。」

 突然の第三者の声。

 が少し強くやちるを抱き締めた。

「白哉…」

「…小さな霊圧を感じた。 十一番隊の副隊長が、不法侵入とは何事だ?」

 ぴりぴりした空気に、やちるが不安そうにの袖を握る。

「やめろ、白哉。 やちるは私の大切な客人だ。 怖がらせるな。」

「招かれざる者を客人とは言わぬ。 こちらへ来い。 隊舎まで送らせよう。」

 白哉がやちるに手を伸ばした。

バシッ

 がその手を払う。

「…頭が固いのも大概にしろ、白哉。 怒るぞ?」

 が白哉を睨んだ。

 朽木白哉が眉を寄せた。

「…お前のためだという事に、何故気付かんのだ。」

 グッと、やちるを摘み上げる。

「やー! ー!!」

「!」

 ひゅっと、風を切る音がした。

 思わず顔を手で庇うと、その手にある物が投げ込まれた。

 それを見て、白哉が眉を寄せる。

「…今、お前の婚約者と言う肩書きが不愉快だ! 幼子に何をする! 恥を知れ!」

 が投げ付けたのは、朽木家に代々伝わる婚約指輪。

「指輪はお前に返す。 やちるを放せ!」

「…何度も言わせるな。 これは私がお前に贈った物だ。 この子供は隊舎へ届ける。」

 白哉は指輪を、へ投げ返した。

 白哉に摘み上げられたまま、やちるが不安そうにを見る。

パシッ

 乾いた音がして、指輪はの掌へ戻った。

 が白哉を睨み上げる。

「白哉! お前に決闘を申し込む!」

 びしっと、朽木白哉を指差した。

「私が勝てば、指輪を受け取れ! 二度と、私の言動に口出しをするな!」

〜…」

 やちるが白哉とを見比べた。

 白哉が溜息を吐いた。

「…いいだろう。 だが私が勝てば…」

 じっとを見据える。

「…私の用件を一つ飲んでもらう。 断る事は許さぬ。」

 その言葉を言い残して、白哉は離れを去った。

「やちる… 怖い思いをさせてすまない。」

 が、優しくやちるを抱き締めた。

 やちるが首を振る。

「…あたしのせい?」

 その声は不安に揺れていた。

「あたしのせいで、朽木さんと喧嘩になっちゃったの?」

 が首を振った。

「お前の所為ではない。 …いずれこうなっていただろう、気にするな。」

 に抱き締められて、その温もりに安心したのか。

 やちるは、うとうとと眠り出した。

 その頭を撫でながら、が小さく息を吐く。

「…私を頼って来た者を、冷たくあしらう事は出来ぬ。 …日番谷も、同じ気持ちだったのであろうな。」


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