チリーン 己の物とは違う鈴の音。 「久しぶりだな、。」 更木が振り返った。 「…ん?」 眉を寄せる。 「やちる…」 更木が溜息を吐いた。 は眠っているやちるを背負っていた。 「いねえ筈だぜ。 てめえの所に行ってやがったのか。」 「更木…」 がじっと更木を見上げる。 「十一番隊は、こんな幼子に無理をさせるのか?」 気のせいか、空気がぴりぴり震えている。 「…ちょうど任務が重なって皆出払ってたんだよ。 書類なんか、やちるにはさせねえ。」 更木の言葉を聞いて、が小さく納得した。 なるほど。 皆がいなくて、やちるなりに気を使ったのだろう。 慣れない書類業務、しかも一人と言う状況に参ってしまったらしい。 「二度と、このような事がないようにしろ。 やちるを泣かせたら、私がお前を斬る。」 純粋な幼子の涙は、心が痛む。 わずかに細められた黒曜石の瞳。 その殺気溢れる瞳に、更木が細く笑った。 「お前とは一回くらい殺し合いをしてみてえな。」 「…私は、やちるを泣かせるなと言ったんだ。」 「わかってる。 二度としねえよ。」 その言葉を聞けて安心した。 やちるを起こさないように、そっと更木に預ける。 「てめえは、一体どこに雲隠れしてやがったんだ?」 更木の声に、が少し眉を寄せた。 「…てめえが顔ださねえと、十一番隊(うち)の連中に覇気がねえんだよ。 やちるも拗ねやがるし…」 更木がぽりぽりと頭を掻く。 「三日に一回くらい、十一番隊(うち)に顔出しやがれ。 わかったな?」 そういい残して、更木はやちるを抱えて、宛がわれた隊主室へ足を向け歩き出した。 月明かりに照らされた廊下。 一人残されたが小さく息を吐く。 「巻き込まぬため… そう思ったが………」 月を見上げる。 「…巻き込んでも、護る。 か…」 昔、調子のいい男がそんな事を言っていた事を、ふと、思い出した。 カタッ 「おや?」 浦原が首を傾げた。 突然の物音に視線を投げると、誰かいる。 暗闇の中、眼を凝らした。 それは間違いなく… 「さんじゃないでスか♪ アタシに会いに来てくれたんスか? いやー、もう、嬉しいなぁ♥」 そろそろ日付が変わろうかと言う時刻。 「今、丁度義骸が出来た所なんスよ♪ 入ってみます?」 浦原の声は明るかった。 「あとは… 『××』っすね… こっちはもう少しかかりそうでス。 待ってて下さい…」 場所は、技術開発局の実験室。 護廷十二番隊 隊長と技術開発局・局長を兼ねる彼は、最近実験室に篭りっぱなしである。 何かを作ろうとしているらしいのだが、局の者も詳しくは聞かされていないらしい。 「あ、さん♥ ちょっとその辺に座ってて下さい。 今、お茶を…」 立ち上がろうとして、振り返った浦原は言葉を飲み込んだ。 ぽすっ、と。 がその頭を、浦原の肩に預けてきた。 「さん?」 突然の少女の行動に、浦原が首を傾げる。 と。 少女の纏っている着物が、乱れていた。 「…どうしました? 朽木さんに襲われたんですか?」 揶揄る様にそう言って、ぽんぽんと小さな少女の頭を撫でる。 は何も言わず首を振った。 が甘え下手なのは知っている。 こう言う時は何もせずに、から何か言うまで待つ事にしている。 浦原は何も言わず、少女の髪を撫でていた。 「………」 しばらくして、消え入りそうな細い声がその耳に届いた。 「…喜助… 話がある………」 「はい、何でしょう?」 の唇から出た言葉は、浦原の呼吸を止めた。 「…………………………」 消え入りそうな小さな声。 それでも確かに、浦原の耳に届いた。 「………そうですか… アタシに出来る事、何かあります?」 が首を振った。 「…何もしないでくれ…」 少女の声は震えている。 「………もうよいのだ… お前の望むままに生きてくれ…」 小さな手が、ぎゅっと浦原の着物の裾を握った。 「…喜助………」 「…はい…」 「…ありがとう………」 頼りない、か細い小さな震えた声… 浦原が唇を噛んだ。 がっと、自分に寄り添った少女を抱き締める。 「…喜助………?」 少女が首を傾げた。 「すみません…」 自分がこの少女にしてやれる事は、何もないのだろうか。 小さな少女は、浦原の腕にすっぽりと収まって、その力強さに身を捩った。 「…喜助… 痛い………」 「…すみません……… 愛してるんですよ… だから力加減が出来ない…」 が目を丸くした。 「ねぇ、さん…」 少女を抱く腕の力をわずかに弱めて、浦原はじぃっとを見据えた。 「…一つだけ… 罪を犯しませんか?」 少女の頬に、自分の大きな手を添える。 「アナタとなら… アタシは地獄へ堕ちたって構わない………」 まっすぐなその瞳から、目を反らすことも出来なかった。 それを拒む事も出来ず、唇が重なった。 浦原が、真っ直ぐ射抜くようにを見据える。 「…アタシは、諦めませんよ………」 いつだって… この力強い瞳に、心を揺られた。 もっと早くに出逢えていれば… 迷わずその温もりだけを求めただろう。 |