「隊長、そろそろ切り上げないと、明日に響きますよ?」 「もう終わる。 お前は先に帰ってろ、松本。」 月が空高くまで上っている。 「…先に失礼します。」 溜息を残して、松本乱菊が執務室を後にした。 中々働き者と藍染が褒めた彼が、こんな時間まで業務を延ばすことなんてまずあり得ない話しである。 (昼間、ずっとを探してたんだもの。 仕事が終わる訳ないじゃない…) どこまで隊長は人がいいのだろう。 そんな事を思いながら、松本は自分の部屋へ向かった。 十番隊執務室では、日番谷が書類と睨めっこをしている。 「……………」 日番谷が小さく息を吐いた。 「…どーした、?」 完全に息を殺して忍んだのに声をかけられて、が目を丸くする。 「何故わかった? 私が来た事が…」 背後から、驚いたようなの声が耳に届いた。 松本とすれ違うように、執務室に忍んだ。 たった一つの物音も、わずかな気配すらなかった筈なのに。 少し、様子を見たら、何も言わずに帰るつもりだった。 「…わかるんだよ、お前の事は。」 そう言いながらも、決して書類から目を離さない。 「この三日、どこにいた?」 陽のある内は、ずっとを探していた。 「三、五、八、十一… 十三番隊にも顔を見せなかったみてえだな。 何してたんだ…?」 ぎゅっと。 が拳を握る。 「…考え事をしてたんだ………」 日番谷の何気ない言動は、にある男を思い出させる。 「…どーせ、くだらねえ事考えてたんだろ。」 溜息混じりに、日番谷が言う。 最後の書類に、判を押した。 「…んー…! あ〜、やっと終わったぜ…」 背筋を伸ばして肩を回して、日番谷が腰を上げる。 の顔が見えるように、机に寄りかかった。 「くだらないとは何だ…! 私は真剣に………」 真っ直ぐに見据えられて、は言葉を飲み込んだ。 小さく、息を吐く。 「日番谷、お前なら………」 次の言葉を紡ぐのが怖かった。 ぎゅっと、が着物の裾を握る。 「お前なら…」 息継ぎのための一瞬が、とても長い間に感じた。 「…進むべき道が違えた時… 日番谷、お前なら……… お前なら、私を斬ってくれるか?」 「…」 突然の言葉に、日番谷が眉を寄せる。 「… お前………」 その声を遮るように、が首を振った。 「いや、何でもない… 忘れてくれ…」 誤魔化そうと、が小さく首を竦める。 日番谷が息を吐いた。 「だから、くだらねえって言ったんだよ。」 大袈裟に、首を振って続ける。 「俺だったら…」 『…それが、アナタの望みなら。 ただ… アナタを斬った後、アタシも死にます。』 ぎゅ ――― 裾を強く握る。 「…斬らねえよ。」 予想もしていなかったその言葉に、が目を丸くした。 「どんな事情があるにしろ、お前はお前だろ。 斬るなんて出来るかよ。」 日番谷が、真っ直ぐにを見据えた。 「…ただ、考える。」 「…考える?」 の瞳が揺れた。 「どうすれば、お前を斬らずに済むか。 誰も傷付けないで済むか。 …それを考える。」 ―――――。 日番谷の何気ない言動は、にある男を思い出させる。 たけどその男よりも日番谷の方が、どこまでも純粋で、強い。 (日番谷…) トクン ――― 「…んな事でうだうだ悩んでんじゃねーよ。 バカ野郎。」 ちょいちょいと、手招きをする。 首を傾げながら、が日番谷に近寄った。 日番谷は、机の上に座った。 いつもは見上げないと届かないが、ほぼ同じ高さにいる。 いや、今はわずかに日番谷の方が目線が高い。 「…俺んトコに来たって事は……… 泣きたくなったのか?」 「! ちが…っ…!」 ふわぁ は言葉を飲み込んだ。 意地悪そうに言われて、からかわれたと思ったのに。 いきなり、優しく抱き締められた。 「なっ… 何をする… /// 」 「…俺の台詞だ。 泣きそうな面してんじゃねえよ。」 抵抗するのは容易かったはずなのに、は大人しく身を預けていた。 「…抱き締めろなんて言っていない………」 「うるせえ、俺がそうしたいんだよ。」 まだ、小さい手。 不慣れながらも、優しくの髪を撫でていた。 まだ、小さい手。 汚れを知らない、小さな手。 まだ小さいのに。 しっかりを抱き締める腕は、優しくて、温かくて… 本気で、涙が零れそうになった。 何故、部下の信頼が厚いのかわかった気がする。 強く、大きな心。 皆、それに惹かれるのだろう。 「…明日………」 小さいが、確かに声が聞こえた。 「…どうした?」 を抱き締めたまま、日番谷が優しく問う。 「…何でもない………」 朽木白哉と真剣勝負をする。 何故だろう。 それを言えなかった。 |