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『…護りたいだけなんだ。』

(何だ…?)

 日番谷が眉を寄せた。

 何もない、闇だけの空間。

 辺りを見回すが、声が聞こえるだけで誰の姿も見えない。

『誰も傷つけたくない…!』

(誰だ…?)

 と別れて部屋に戻り、倒れるように眠りに付いた筈なのに。

 ここは一体どこで、この声は一体誰なのか。

『私は、皆を……… ××を護りたい…!!』

 何と言ったか、聞き取れなかった。

ザァ

 景色が一変した。

 色とりどりの花が咲き乱れ、空は青く澄み渡っている。

 水のせせらぎと、小鳥のさえずる声が聞こえる。

 わずかに離れた場所に、一本の木がある。

 それだけなのに、とても心安らぐような、そんな場所。

「…」

 日番谷が、眉を寄せる。

『そう警戒をするな…』

 頭に直接響くような声。

 いつからそこにいたのだろう。

 一人の、とても美しい女性がそこに佇んでいた。

 薄桃色の長い髪に真紅の瞳、天女や精霊を思わせるような雰囲気がある。

『護廷十三隊 十番隊隊長 日番谷冬獅郎… そなたで間違いないか?』

「ああ… ココはどこで、てめえは誰だ?」

 女の唇は動いていない。

 声はやはり、直接頭に響いている。

『ココはわらわが住まう、意識だけの世界…』

 女は真っ直ぐに日番谷を見据えている。

『わらわは……… 姫椿(ひめつばき)。』

「! 姫椿だと…?」

 思わず背の氷輪丸に手を伸ばすが、いつもそこにある筈のそれはなかった。

『申したであろう、ココはわらわの精神の世界… 招かれし者だけが、迷い込む世界だ。』

「…俺を招いたって事か。 何のためだ?」

 日番谷には、この姫椿が不気味で仕方なかった。

 声が聞こえなければ、そこにいる事にすら気付かないであろう。

 全く、気配を感じられない。

 もとより実体がないは承知済みだが、何故だろう。

 一言、何か言葉を発するごとに、斬り付けられる様な、そんな思いである。

『…そう毛嫌いをするな。 わらわが主以外をこの世界に招く事は、他に前例がない事。』

の事か…?」

 姫椿が、わずかに眉を寄せた。

『アレは弱い…』

 この言葉に、今度は日番谷が眉を寄せる。

『己も自覚しているであろう。 それがまた、弱さに繋がる…』

「何が言いてーんだ?」

 姫椿が日番谷を見据えた。

『…そなたは強い。 それは、そなたの護りたい者への想いであり、そして…』

 一瞬、姫椿の瞳が揺らいだ。

『そなたを捕らえる物がないから… そなたが、自由であるからだ。』

 日番谷が口を利く。

が自由じゃねえって事か? それってどう言う…」

 日番谷の声を遮った。

『封霊主…』

 日番谷が眉を寄せる。

『…それだけ言うておこう。』

ザッ

 風が吹いた。

「待てよ! そこまで言ったんなら、話しやがれ! オイ…!」

 その風に飛ばされるように、その場の景色が消えて行く。

 いや、消えて行くのは日番谷自身だ。

 それに気付いて、悔しそうに唇を噛む。

「てめぇ、この野郎… 勝手に呼び付けて勝手に追い出して… 覚えておけよ、姫椿!」

 日番谷を己の世界から追い出して、姫椿が目を伏せた。

 途端に、また景色が変わる。

『…無粋であろう、月華。』

 広がる闇の中、姫椿が呟いた。

『いい加減にしなよ、姫椿… 話し過ぎ。』

 闇の中、姫椿と同じように佇んでいる少女。

 少女は、月華と言う。

『あれだけ言うておけば、自ら調べるであろう。 丸一日程、から遠ざけるためだ。』

 姫椿の言葉に、月華が眉を寄せた。

『遠ざけてどうするのさ? 日番谷が言えば、も朽木白哉との勝負を考え直すって。 無駄に争う必要はないよ。』

 姫椿がゆっくり首を振る。

『アレは頑固だ。 日番谷に諫められても胸を痛めるだけで、聞き入れぬであろう。』

 姫椿が続けた。

『…日番谷と共にあれば、は必ず迷いに揺れる。 かつての浦原喜助のように。』

 その名を聞いて、月華が小さく息を吐いた。

『…止められないのかな。 アタシ達には………』

 姫椿が微笑んだ。

『わらわ達に出来る事はただ一つ… 見守る事のみよ。』

 その声は穏やかで、とても優しかった。


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