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「…恋次。」

 大分聞き慣れた上司の声で、恋次は我に返った。

「何度呼べば気が付くのだ。」

 朽木白哉が溜息を吐く。

「あ、すんません…」

 恋次はバツの悪そうに、ぽりぽりと頭を掻いた。

「で、何すか?」

「…本日の業務を終えた。 私は先に戻るぞ。」

「あ、はい。 お疲れさまです。」

 席を立った白哉に挨拶をするが、いつもなら。

「…いつもなら帰んないっすよね。 ………ですか?」

 白哉が眉を寄せる。

 恋次は図星である事を確信した。

「…余計なお世話かも知れないっすけど、隊長がどう思ってるか、ちゃんと話してやるべきだと思います。」

 内心ヒヤヒヤしながら、恋次は続けた。

「昨日の勝負だって… が避けられなかったら、どうするつもりだったんですか?」

 白哉が首を振った。

「…お前も見たであろう。 アレは強い。」

 そんな意味で言った訳ではない。

 恋次が眉を寄せた。

「…黙ってるだけだと、も何も言いませんよ。 日番谷や市丸、それに十一番隊の奴等とか… 随分を気に入ってるみたいじゃないですか。」

 一瞬、わずかに霊圧が上がった。

… 持って行かれても知りませんよ。」

 何故、こんな話をしているのだろう。

 この気難しい上司の機嫌を損ねれば、恋次自身に危険が伴う可能性がある。

 わかっているが、言わずにはいられなかった。

「隊長、が好きなんじゃないんですか。 ずっと、だけを想ってたんじゃないんですか。 何で…」

「恋次…」

 白哉が恋次の声を遮った。

 その冷たい瞳は、それ以上何か言葉を発する事を禁止しているように見える。

 白哉が小さく息を吐いた。

「…恨まれても憎まれても仕方ない。」

 まさか、答えるとは思わなかったので、恋次が目を丸くした。

「私は、アレを救えなかった…」

 哀しそうな声。

 白哉の一途な想いを知っている恋次の胸が痛んだ。

「…諦めてるみたいに聞こえますよ。 が… 他の奴を好きになったらどうするんですか?」

 一度、白哉が目を伏せた。

「…人の心は移り行く物。 仕方なかろう。」

 恋次が奥歯を噛み締めた。

「…じゃあ、俺がを口説いてもいいんですね…」

 一瞬。

 霊圧が膨れ上がった。

 恋次の背を、冷や汗が伝う。

「…好きにしろ。 アレが私以外を求めても、それも仕方のない事だ。」

 そう言い残して、白哉は執務室を出て行った。

 ドアの閉まる音に、恋次の体から力が抜ける。

(し、死ぬかと思ったぜ………)

 ほっと、胸を撫で下ろす。

 過去、と白哉の間に何があったのかは知らないが。

「……………俺も、人の事言えねえけどな。」

 一言、素直に気持ちを告げる事が出来ないのは。

 本当に相手を大事に想っているから。

 そして、自分に自信がないから。

 窓の外を見やる。

 雨が降りそうな天気だった。


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