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チリーン

 突然の物音に、ルキアが眉を寄せた。

「誰だ…!」

 六番隊の隊舎牢。

 そこには今、ルキアの他に掃除にやって来た四番隊の隊士が一人いた。

 ドアが開く音なんかしなかった筈。

 加えて、隊舎牢を開けられる人間は限られている。

 はルキアを見て、目をぱちくりさせた。

「なんだ、お前が白哉の妹か。」

「白哉…だと…?」

 ルキアが眉を寄せる。

「兄様とどう言う関係だ?」

 朽木家の養子になって四十余年。

 その間、朽木白哉を呼び捨てに出来た者など、一人もいなかった。

 それに、ルキアもに覚えがある。

 現世に大虚(メノス)が現れた時、一護を助けた少女。

 何故、六番隊隊舎牢(こんな所)にいるのだろう。

 少女のその首には封霊環、腰には幾重にも鎖が巻かれた斬魄刀。

 そして、"零"と書かれた張羅。

「…聞いた事ないぞ、零番隊だと?」

 眉を寄せるルキアに、がにこりと笑った。

と呼んでくれ。」

…」

 聞き覚えがある。

「………防人一族、か…」

 ルキアの呟きに、は少し首を竦めた。

「そっちの子供は、何と言う?」

 突然声をかけられて、掃除に来ていた 気の弱そうな隊士が飛び上がった。

「こ、こんにちは。 四番隊の、山田花太郎です…」

「そう怯えるな。 別に取って食おうと言う訳じゃない。」

 がじっと、ルキアを見据える。

「こちらへ。」

 ちょいちょいと、手招き。

 始めは訝しそうに眉を寄せていたルキアだが、の左手の、ある物を見て目を丸くした。

「その指輪は…」

「ま、そう言う事だ。 それ以上聞くな。」

 に対する警戒が解けたのか、ルキアは手招きされるまま近寄った。

 は格子の間に、手を入れる。

「よろしく、ルキア。」

 握手を求めているのだろう。

「よ、よろしく… お願いします…」

 そっと、手を握り返した。

フッ

(………なるほど。)

 が細く笑った。

「…お前を処刑させる訳には行かないな。」

 以前に、浮竹に、捕捉不能になった部下がいたと聞いた。

 その時、の頭に浮かんだのは、一人の男。

「え?」

 突然のの呟きに、ルキアが眉を寄せた。

「それに、白哉の妹だ。 頭の固いお前の兄様に変わって、守ってやるよ。」

 ぽんと、ルキアの頭を撫でた。

 の持つ斬魄刀。

 月華には、ある特殊能力がある。

 特定した対象の、過去を垣間見る事が出来るのだ。

 ルキアに対してその力を使い、大体でルキアの過去がわかった。

 死神になる前となってから、そして現世で誰と接触をしたか。

 疑惑は、確信に変わった。

「あ、あの…」

 ルキアが困ったように口を利く。

「なんだ? 気を使うな。 言ってみろ。」

「…いえ。 止めておきます…」

 滅亡したはずの防人一族。

 加えて、白哉の婚約者と言う事が、ルキアを混乱させているのだろう。

 がぽりぽりと頭を掻いた。

「…全部終わったら、ゆっくり話してやろう。 それまで待て。」

「? はぁ…」

 の声に、首を傾げて曖昧に頷いた。

(全部終わった後、私が生きていればな…)

 窓の外を見やる。

「………雨だな。」

 ルキアの瞳がわずかに揺れた。

 が首を竦めて小さく笑う。

「ルキアは、雨が嫌いみたいだな。」

 が続ける。

「私は、雨は好きだ。 雨は、全てを洗い流してくれる。」

チリーン

 鈴が鳴った。

「邪魔したな。 また来るよ、ルキア。」

「あ、はい…」

 ひらひらと手を振る

 隊舎牢から出て行くその背を見て、小さく溜息を吐く。

「花太郎、今の方を知っているか?」

「あ、はい… と言っても、詳しく知りませんけど…」

 花太郎がゆっくり言葉を探す。

「六番隊の副隊長に、新しく阿散井さんが選ばれてすぐくらいでしょうか。 いきなり、総隊長に連れられてやって来て…」

 各隊舎を回り歩いた事。

 十番隊を助けた武勇伝。

 瀞霊廷内で耳にする、朽木白哉との噂話。

「…そうか。 ありがとう。」

 一通り話を聞いたが。

 何故、滅亡したはずの防人一族が再び尸魂界に姿を現したのか。

 それはわからないままだった。

 ただ。

 嫌な感じはない。

 現世で、振り下ろされた白哉の斬魄刀から一護を守ってくれたのは、他ならぬだったから。


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