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「市丸! 放せ、市丸!!」

 の声は怒気を含んでいた。

「何で怒るんや、ちゃん? ボクは君を助けたんや。」

 確かに、旅禍を庇おうとして。

 そして、瀞霊廷より外に出たとすれば、はまた罰を受けるだろう。

 だが、が怒っているのはその事ではない。

「何故門番を斬った!?」

 市丸が困ったように眉を寄せた。

「旅禍の肩持つんは、尸魂界にとっては裏切り者や。 始末せなあかん。 そうやろ?」

 市丸が続ける。

「でも、ちゃんの知り合いがおったみたいでよかったわぁ。 あの門番の前に立たれたままやったら、ボク斬魄刀発動出来んかったもんなぁ。」

 が眉を寄せた。

「…お前は私を斬るさ。 安い嘘を吐くな。」

「斬らんよ。 なんでボクがちゃんを斬るんや?」

 市丸が首を竦めて、視線を投げる。

「なぁ、阿散井くん! 君も何か言ったってや。」

 近くにある建物の影から、恋次が出て来た。

「こそこそせんで、出て来てもよかったんに。」

 恋次が眉を寄せた。

 確かに、飛び出そうとした。

 がジ丹坊を庇ったままだったなら、飛び出してを守っただろう。

「いえ… 邪魔をしてはいけないと思って…」

 が、市丸は自分を斬るだろうと言った。

 恋次は、その通りだと思う。

 確かになら。

 朽木白哉と互角に戦えたなら、市丸の一撃を避ける事は出来ただろう。

 だが、はきっと避けない。

 だから、その時は、飛び出して助けようと心に決めていた。

 は。

 自分の目標であり、尊敬する上司でもあり、そして…

 唯一、越えねばなら敵である朽木白哉の、ただ一人の想い人。

 側にいながら守れなかったとすれば、白哉に顔向けが出来ない。

「…いつまでこうしているつもりだ? 放せっ!」

 が腕を振り上げる。

「おっと…」

 それを避けた市丸が、少し困ったようにぽりぽりと頬を掻いた。

「なんや、噛み付かれそうな勢いやんなぁ。 阿散井くん!」

 少し離れた場所にいる恋次に向って、軽々とを投げる。

「きゃぁっ!」

「うわ!」

 咄嗟に両手を広げて、少女を受け止めた。

「市丸! 何すん…!」

 恋次の声は、にこやかに笑う市丸に遮られた。

「バイバーイ♪」

「待て、市丸!」

 の罵声が飛ぶ。

「人を物の様に投げて、許さんぞ!」

 既にその場から消えた市丸に、その声は届いていないだろう。

 が溜息を吐いた。

「…下ろせ、阿散井。」

「あ、悪ぃ…」

 突然声をかけられて、恋次は我に返った。

 を下ろそうとして、目を見張る。

 首と両手首に、封霊環が付けられていた。

「………」

「? どうした、阿散井?」

 が首を傾げる。

 ぎゅっと。

 少女を抱く腕に力を込めた。

「? 阿散井…?」

「…んでだよ…!」

 恋次は唇を噛み締めた。

「なんで… こんな扱いを受けてんだよ…!」

 ぎりっと、強く歯を食いしばる。

「なんで… なんで、何事も無かったかのように、平然としてられんだよ…!」

 花のように笑って、時には怒って、思い通りに事が進まないと拗ねて…

 恋次から見たは、どこにでもいるような普通の少女なのに。 ―――――

ぽん。

 恋次が俯いていた視線を上げた。

 にこりと、花のような笑顔が、そこにあった。

「…っ!」

 心が砕けるのではないか。

 そう思うくらい、胸が痛んだ。

 同じ痛みを、過去に一度味わっている。

 水晶の中の少女を、何も言わずに見つめていた朽木白哉。

『…お前は、私の様にはなるな。』

 と白哉との間に何があったのか。

 何故、は封印されていたのか。

 そんな事は何一つわからない。

 ただ一つ、わかるのは。

 白哉はを救えなかったと、悔いていたと言う事。

 そして、封印から目覚めて尚、に自由はないと言う事。

「…何故、お前がそのような表情(かお)をする?」

 が困ったように首を竦めた。

 幼子にするように、恋次の頭を優しく撫でる。

ズキン

 きっと、この少女は。

 恋次の想像を絶する大きなものを、その小さな体に背負っているのだろう。

がっ…

 抱き締めた。

 華奢な少女が、折れてしまうのではないかと言うほどに、強く抱き締めた。

「…阿散井…」

 が少し眉を寄せた。

「コラ、痛いでは………」

 文句を言いかけて、その言葉を飲み込む。

 自分を抱き締める恋次の腕は、確かに震えていた。



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