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「たーいちょ! ただ今戻りました。」

 十番隊舎の執務室のドア。

 これでもかと言うほど、思い切り開ける。

「ああ、ご苦労だったな… って………」

 松本以外の気配に、睨めっこしていた書類から顔を上げる。

「…十一番隊の副隊長と、だったか… 何か用か?」

 日番谷が眉を寄せる。

 その声には答えず、松本が口を利いた。

「あ、知り合いなんですか? ちょうど良かった。」

 松本は続けた。

「隊長。 私、やちるを十一番隊舎まで届けて来ます。 今日はそれで仕事上がりますんで、この子よろしく。」

「は?」

 急に唐突な事を言われ、呆気に取られる日番谷。

 隊長の承諾もなしに、松本はやちるだけを連れて執務室を出て行った。

「あ、コラ! 松本…!」

 慌ててその名を呼ぶが、既に松本の気配はない。

「…何がよろしくだよ………」

 面倒な荷物を押し付けられた気分である。

 ちらっと、を見る。

 少女は物珍しそうに、執務室を見回していた。

「へー、三番隊のとは随分違うんだな。」

 感心したように呟く。

「三番隊?」

 日番谷は少し眉を寄せた。

(…なるほど。)

 松本がを連れてきた理由が、わかった。

 きっと市丸に絡まれていたのだろう。

 女には興味はないが、が美人だと言うのはわかる。

「ん? 私の顔に何か付いているのか、童(わっぱ)?」

 が首を傾げた。

 日番谷は一瞬固まって、次の瞬間、弾けたように立ち上がった。

「童(わっぱ)だと、テメェ…!」

「お前が私を知っていても、私はお前を知らないんだ。 怒る前に名乗れ。」

 の冷静な声に、小さく息を吐いて上げた腰を下ろした。

「…日番谷 冬獅郎。 で、お前をココに連れてきたのが、副隊長の 松本 乱菊だ。」

「日番谷か…」

 は執務室の中ほどまで歩み行き、ソファに腰を下ろした。

 十三番隊隊長の浮竹が、"防人"一族と呼んでいた。

 だが、日番谷にはそれが何なのかわからない。

… お前…」

 日番谷の声を、は遮った。

「私は、だ。 と呼んでくれ。」

 日番谷は小さく息を吐いた。

 どうも、扱い辛い。

「…じゃ、。」

「何だ?」

 日番谷は残りわずかな書類に目を通しながら、口を利く。

「…コレが終わったら、俺も帰る。 だから、お前も自分の家に帰れ。」

 はソファにごろんと横になった。

「私に帰る家などない。 何もしないから、ココに泊まらせてくれ…」

 最後の書類に判を押して、日番谷が席を立った。

 ゆっくりと、の寝転んでいるソファに足を進める。

「あのな… ココは一応執務室。 副隊長以下は、必要以上に出入りする事も禁じられて…」

 言いかけて日番谷は言葉を飲み込んだ。

 すでには、小さな寝息を立てながら眠りに落ちている。

「はぁ〜…」

 大きく肩を落とした。

「松本のヤロウ…」

 面倒を押し付けていった張本人、副隊長の松本乱菊を恨めしく思う。

 しかし。

 眠るに視線を落とした。

 この少女はきっと、日番谷が想像している以上の物を、その細い両肩に背負っているのだろう。

 身持ち良さそうに眠っている少女を、無理に起こす事は出来なかった。

 よく松本に、「隊長は人がいいんですよ。」と、言われている事を思い出した。

「…ったく、俺の性分を知りながら押し付けて行ったくせに………」

 日番谷は執務室の隅の小部屋に入った。

 いつからだろう。

 忙しくなると度々、松本は執務室で仮眠を取る事に気付いた。

 他の隊員達に示しがつかなくなるから、副隊長を帰す事は出来ない。

 だけど。

『…え、毛布?』

 目を覚ました松本が、驚いたように自分を見た。

『…体を壊されると迷惑するのは俺だからな。 寝るのは構わねえけど、起きたらまた働けよ。』

 無愛想にそう言うが、それも日番谷の照れ隠しだと、松本は知っている。

 小部屋から出て来た日番谷は、一枚の毛布を手に持っていた。

 を見て、再び溜息を吐いた。

「…俺って女に甘いよな。 そんなのわかってんだけどな…」

 ぽりぽりと頭を掻く。

 眠るに毛布を掛けてやった。

「ん… キ…ケ………白、哉………」

 寝言で、誰かと朽木白哉の名前を呼んだ。

(浮竹か…?)

 小さく息を吐いた。

「…だったら、六番隊に行けよな。」

 のとなりの開いているスペースに座る。

 気持ち良さそうに寝ているを見ると、少し眠くなってきた。

(…一人で置いて帰るのもなんだしな………)

 そんな事を思いながら、徐々に迫る睡魔に勝つことが出来ず、日番谷はそのままうとうとと眠りだした。


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