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ダン

 一護の体が、壁に叩き付けられた。

「げほ…つ」

 器官に血が入ったのか、咽る。

「…どうして躱されたか、わかんねえってツラだな。」

 が眉を寄せた。

(イチゴのタイミングは完璧… だが、それだけでは………)

「てめーが俺より遅えからだ!」

 恋次が一護を見下ろした。

「俺とてめーの、埋めようのねえ力の差。 ただ単純にそれだけのことだ。」

 今の一撃で、深い傷を負ったのだろう。

 一護の息は弱々しい。

「わかったか。」

 恋次が斬魄刀をかざした。

「…てめーにルキアは救えねえ。」

 その柄を、ギリっと握る。

「俺に殺されるてめーにはな。」

 振り下ろした。

「…一…」

 岩鷲が声を投げた。

バチ バチバチィッ

 岩鷲が握っていたはずの、少女の両手を縛っていた布。

 音を立ててそれが焼き切れた。

「…!」

 目を丸くする岩鷲に目もくれず、が飛び出す。

ガッ

「!」

「!!」

 飛び出したも、斬魄刀を振り下ろした恋次も、息を飲んだ。

 一護が、素手で恋次の斬魄刀を掴んだのだ。

「…待たせたな、恋次… 覚悟だ。」

 一護が恋次を睨み上げる。

「てめえを斬るぜ。」

「!!」

 恋次は咄嗟に離れた。

(何だ、こいつ!? 急に…)

(霊圧が膨れ上がっただと…?)

 虚を付かれ、はその場で足を止めた。

 一護が斬月を振り上げる。

「…!! …ちィッ!!」

 恋次が再び蛇尾丸を振り… ―――

 は目を疑った。

 砕けた。

 恋次の斬魄刀が、根元から砕かれた。

 その霊圧に耐えられなかったのだろう、額のサングラスも割れ、髪留めも切れた。

 左肩から腹にかけてだった。

 裂けた。

(やられた。)

 恋次自身が驚くほどに、血が吹き出た。

(何だ、今のは? 蛇尾丸… くそっ)

 視線を上げれば、自分に負けず劣らず血塗れな一護が、やっとの思いで立っている。

(足が、前に進まねえ… 腕が上がらねえ… ちくしょう… 俺の負けかよ、ちくしょう…)

 器官から、血が溢れる。

「おおおぉおおおお!!!」

(ルキア…!)



流魂街には、東西南北それぞれに、1から80の地区がある。

1が一番治安が良くて、78なんてのはまぁ、最低のさらに下だ。

そういうゴミ溜めみてえな街で、俺達は出会った。

持っていた水を狙われて、走り回っていた俺達。

ルキアは俺達を助けてくれた。

ルキアは変わった奴だった。

態度はでかくて、言葉遣いは男みたいで。

だけど、何をしていてもどこか気品のようなものが漂っていた。

その上、仲間内では俺しか持ってなかった霊力の素養も持っていて、俺は少し悔しい思いもした。

俺達は皆、この町が大嫌いで、この街の連中も大嫌いで。

いつの間にか一緒にいて、そんな時でも一緒だった。

 - 俺達は家族だった。 -

ここはクソみてえな連中が、クソみてえな生き方してる、クソみてえな街で。

大人はみんな盗っ人か人殺し、ガキどもはみんな野良犬。

周りはそんな連中ばっかで。

そして、そんな生活から抜け出す手段は一つしかなかった。

「恋次、死神になろう。」

 そう言ったのはルキアだった。

「死神になれば、瀞霊廷に住める。 あの中は住みよい場所だと聞く。」

「…ああ。」

俺達は皆たったひとりでココへ来て、家族を求めて身を寄せ合った。

この街はそんなガキどもが生きるには、少しばかりキツイ場所だった。

ルキアが俺達の仲間になって10年が経っていた。

仲間は、誰もいなくなっていた。

「死神になろう。」

その後。

元々才のあった俺達は、すぐに真央霊術院に入り、貴族のボンボン共に混じって着実に評価を上げていった。

そして、あの日。 ―――――

「…朽木家に、養子に来いと言われた。」

「!」

突然の話に、ルキアは戸惑っていた。

貴族からの申し出、すぐに卒業して、護廷十三隊への入隊も手配する…

確かに、裏がありそうなほどムシがいい話だ。

――― 本当は、嫌だった。

貴族になれば、もう、俺ともあまり会わなくなるし、会おうともしなくなる。

住む世界が変わっちまうんだ。

だけど。

ルキアに、家族が出来る。

ルキアは、幸せになれるんだ。

ジャマするな。

自分に、そう言い聞かせた。



ドッ

 恋次は一歩、踏み出した。

「…だが今にして思えば、ビビッてただけなのかもしれねえな… 俺は。」

 自嘲気味に笑う。

「…まったく… 骨の髄まで野良犬根性が染みついてやがるんだ… 厭になるぜ…」

 ボタボタと、血が滴り落ちる。

「星に向かって吠えるばっかで、飛びつく度胸もありゃしねえ…」

ダン

 駆けた。

 一護の胸倉を、掴み上げる。

「…俺は… 結局、朽木隊長に… 一度も勝てねえままだ…」

 恋次は唇を噛んだ。

「ルキアがいなくなってからずっと… 毎日、死ぬ気で鍛錬したが、それでもダメだった… あの人は遠すぎる…」

 一護の胸倉を掴み上げる、恋次の手が悔しさに震えた。

「力づくでルキアを取り戻すなんて… 俺には出来なかったんだ…!」

(…阿散井………)

 がぎゅっと、裾を握った。

 欲しくてたまらないのに、それに飛びつく事すら許されない。

 それがどれほど悔しいか、知っている。

「…黒崎… 恥を承知でてめえに頼む…!!」

 恋次が叫んだ。

「…ルキアを… ルキアを助けてくれ…!!」

 始めは目を丸くしたが、一護は小さく頷いた。

 恋次はきっと、自分よりもルキアを知っている。

 その思いの大きさが、感じられた。

「―――…ああ…」


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