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「…そうか。 手間をかけたな。」

 遠くで声が聞こえる。

「べーっつに。 お前のためじゃねえよ。」

 よく知った、二人の声。

「…ジジィに任されたんだろ? 無茶しねえように、ちゃんと見張っとけよ。」

「わかっている。」

 小さな溜息が聞こえた。

「…俺が言うのも変だけどよ… もう少し、優しい言葉をかけてやっても… いいんじゃねえか…」

 答える声はない。

「それと… 束縛するのだって… には逆効果だ。」

 それでも、答える声は無い。

 二つ目の小さな溜息が聞こえた。

「…じゃ、俺行くぜ。」

 は目を開けた。

「日番谷…っ!」

 勢いよく体を起こして、激しい眩暈に襲われた。

「…っ………!」

 頭がクラクラする。

 日番谷が三つ目の溜息を吐いた。

 少し困ったように、が座らされているソファへ近寄る。

「…無茶しやがって、馬鹿ヤロー。 気分はどうだ?」

 その声は優しく、ほっと胸を撫で下ろした。

「…最悪だ。」

 苦々しく呟くに、日番谷は首を竦めた。

「起きて早々、そんだけ悪態付けりゃ大丈夫だな。」

 じぃっとを見据えながら、続ける。

「倒れた自覚がねえのか、てめえは? 思いきり起き上がりやがって… 気分が悪くなって当然だ。」

 口ではそう言いながら、その小さな手はの髪を撫でていた。

 白哉が眉を寄せているが、日番谷はおかまいなしだ。

「お前が付けられてるソレ…」

 封霊環の事だろう。

「技術開発局の奴等が作った特注もんで、通常の封霊環に比べて、10〜20倍の効果があるらしいぜ。」

 は頭を抱えた。

「…おかしいと思ったよ。 阿散井を癒したくらいで、倒れるなんて…」

 厳密に言えばそれだけではないが。

 それ以上の事を口にすれば、日番谷にも白哉にも要らぬ心配をさせてしまう。

 月華か、姫椿か…

 どちらかはわからないが、何かをに告げようとしているのは確かだ。

「四番隊に声かけてやろうか?」

 日番谷の声で、は我に返った。

「いや… 少し休めば大丈夫…」

 たたでさえ、今、四番隊は慌しく動いているだろう。

 卯ノ花に無理をさせるのは忍びなかった。

「そか…」

 日番谷が、ゆっくり息を吐いた。

「無理すんなよ…」

 そういい残して、その場から去ろうと踵を返す。

「…日番谷…!」

 その小さな背を呼び止めた。

 振り返るが、は何も言わない。

 日番谷は訝しそうに眉を寄せた。

「…どうした?」

 は唇を噛んだ。

 言葉を、探す。

「…気を付けろよ。」

 何故、が自分に気を付けろと言うのだろう。

「ああ…」

 首を傾げそうになったが、とりあえず頷いた。

 白哉に任せて、任務に戻る。

 白哉がゆっくりとに視線を移した。

「…何か、見たのか?」

「…大した物ではない。」

 先程。

 貫かれた藍染を見た時。

 の頭に流れ込んだ映像。

 あれは、おそらく過去の物だろう。

 これから何が起こるか。

 その確信に触れる物ではなかった。

 わざわざ白哉に言って、心配かけるほどの事でもない。

ぼす…

 ソファに身を沈めた。

 六番隊の執務室だ。

 先ほどの会話からすると、日番谷が運んでくれたのだろう。

「…少し眠る… 何かあったら、起こしてくれ…」

 何かあったら、起こされる前に、気付くだろう。

 尸魂界に異変があればその微弱な霊圧の変化で、どこで何が起こっているのか。

 にはわかる。

 防人の特性ではない。

 それは、が封印されていた事と関係している。

 そっと。

 優しく手を握られて、が目を丸くした。

「白哉…?」

 が首を傾げる。

「…眠るまで… こうしていようと思うのだが……… 迷惑か?」

 いつになく優しい声。

 白哉なりに、を心配しているのだろう。

「迷惑ではないが… これでは、お前の業務が捗らないだろう…」

 は戸惑っていた。

 いきなり優しくされると、どうしていいのかわからなくなる。

 素直に甘えたいが、それも今更恥かしい。

「………」

 は息を飲んだ。

 今、ほんの一瞬だったが…

(笑った…?)

 白哉が微笑んだように見えた。

 白哉が表情を変えるなど滅多にない。

 何故だろう。

 胸が締め付けられるように苦しくて…

 とても、安心した。

「…ありがとう………」

 眠りに落ちるまで、そんなに時間はかからなかった。


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