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チリーン

 突然の鈴の音。

 やちるが振り返った。

「…ひっく… 〜………」

 幼い瞳は涙に濡れていた。

「どうしよう… 剣ちゃんが………」

 は更木に視線を移した。

 なるほど。

 傷は深い。

(このままでは無理か…)

「大丈夫だ。 泣くな、やちる。」

 そっと、その頭を撫でた。

 が、ゆっくり息を吐いた。

「やちる…」

「なー………」



 その小さな体が崩れた。

「悪いな… お前に怖い思いはさせたくないんだ…」

 気を失ったやちるの体を、そっと横たえた。

 腰に差してある、鎖と布が幾重にも巻かれた斬魄刀を、鞘ごと更木にかざした。

「………堕ちろ、姫椿。」









「どうぞ。」

 四番隊・総合救護詰所。

 卯ノ花が湯飲みを差し出した。

「ありがとう…」

 が一口、口を付ける。

 斬魄刀を腰に戻した時、丁度卯ノ花が現れたのだ。

 やちるに呼ばれたのだと言う。

「やちるは?」

「隣の部屋に。 更木隊長のとなりで眠っています。」

「そうか…」

 の短い返事に、卯ノ花が細く笑った。

「警戒なさらないで下さい。 私は、貴女を問い詰めたりなどしませんよ。」

 がわずかに眉を寄せた。

「………知っているのだな。」

 小さく、溜息を吐く。

 卯ノ花がにこりと微笑んだ。

「お体の具合は如何ですか?」

「大事ない。 心配するな。」

 と。

 じぃっと、真向かいに座る卯ノ花を見据える。

「…薬を、貰えるか…」

 躊躇いがちな声。

 卯ノ花が少し眉を寄せた。

「貴女に必要なのは薬ではなく、ゆっくり体を休める事です。」

 は少し困ったように首を竦めた。

「私ではない…」

 ポリポリと、頭を掻く。

「風邪か… もしかして、拗らせて… 肺を病んでおるかもしれぬ…」

「朽木隊長ですね…」

 卯ノ花の声に、小さく頷いた。

「私が力を使うは容易いが、白哉はそれを嫌う…」

「霊力の譲渡は、大きな負担を伴います。 極力避けるよう、ご自身の体を気遣って下さい。」

 卯ノ花が優しく嗜めた。

「…以後気を付ける…」

 がバツの悪そうに首を竦めた。

 その様子に、卯ノ花が小さく息を吐いた。

「朽木隊長の前でも、そう素直でいればよろしいのに…」

「え?」

 上手く聞き取れなかったのだろう。

 が首を傾げた。

「いえ、こちらの事です。 少々お待ち下さい。」

「…頼む。」

 薬を取りに行ったのだろう。

 一人、部屋に残された。

 更木は一命を取り留めた。

 一護も大丈夫だろう。 側に夜一が付いている。

「……………喜助………」

 その唇から、一人の男の名が零れた。

 何故、今更夢を見たのだろう。

(一体、これから何が………)

「!」

 気配を感じて我に返った。

「どうぞ。 こちらです。」

 薬の入った袋を、卯ノ花に手渡された。

「ありがとう。」

 小さく礼を言って、それを受け取る

 視線を感じて顔を上げると、卯ノ花と目が合った。

「どうした? 卯ノ花?」

 首を傾げる。

 そっと、頬を撫でられた。

 にこりと、卯ノ花が微笑む。

「人に…」

「え?」

「人に、優しく抱き締められた事はありますか?」

「卯ノ… ――― 」

ふわ…

 優しく抱き締められた。

 何だろう。

 白哉とも日番谷とも、市丸とも恋次とも… 藍染とも違う、母の温もり。

 自分でも気付かぬうちに、気を張り詰めていたのだろう。

 プツンと、緊張の糸が切れた。

ポロッ…

 黒曜石の瞳から、一粒の涙が零れた。

「…っく………」

 母親に抱き締められた記憶はない。

 ぎゅっと、卯ノ花にされるように、その背に腕を回した。

「…すまない、卯ノ花………」

 卯ノ花が小さく首を振る。

「何を謝るのです。 力になる、と。 そう申したでしょう。」

 卯ノ花を抱き締める小さな手は、まるで幼い子供のようだった。


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