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ドン

 石田を包むように、風が巻き起こる。

「な… 何だネ、その姿は…!?」

 涅マユリが目を見開いた。

「何だネ、その霊圧は…!?」

 突然、膨れ上がった石田の霊圧と、その姿に驚きを隠せない。

「そんなもの知らんヨ…!! そんなもの…!」

 研究者として、滅却師を調べ尽くしたが、このような物は始めて見た。

 研究意欲と同時に、軽い恐怖に似た感情が沸き起こった。

ズッ…

「!」

ズ… ズ… ズズッ…

 側にある塀が、少しずつ欠けて行く。

キュゥン… キュン… キュン…

 石田に、吸収されているようにしか見えなかった。

 尸魂界の構造物は、全て霊子で出来ている。

 滅却師は死神と違い、周囲の霊子を収束して戦う。

(霊子を拘束し、結合を完全に否定し… 強制的に自らの力とする…!)

 最早それは、霊子の収束ではない。

 言わば、霊子の隷属。

「人間に許された力の… 領域を超えているヨ、小僧…!!!」

 涅が苦々しく毒づいた。

 石田が矢を放った。

 涅がかわすのを見越していたのだろう。

 隙を衝いて、もう一度矢を射る。

ドォン

 今までのそれとは比べ物にならない威力だった。

「…泣いて詫びろ。 そして、二度と僕の前に現れるな。 そうすれば、これで見逃してやる。」

 石田が涅を睨み据えた。

「断れば、次は今の3倍の力で撃つ。」

 涅の左腕…

 肩から、その先が消えていた。

「図に乗るなヨ、小僧!!!!」

 肩から血が吹き出た。

「滅却師風情がふざけてくれる…! ならばこちらも、相応の力で応えてやろうじゃないかネ…!」

 涅が続けた。

「卍解…」

 石田が眉を寄せる。

「? …何だ? 卍…?」

 石田の目の前で、信じられない出来事が起こった。

「金色疋殺地蔵。」

 涅の手の内にあった斬魄刀が、その姿を変えた。

 頭は巨大な赤ん坊のような、だが、体は芋虫のような化け物に似た、禍々しい姿に。

「…これで、君の命運は尽きたヨ。」

 涅がにやりと笑った。

「この金色疋殺地蔵は、私の血から造った致死毒を、霧状にして半径100間以内に撒き散らす。 勿論、私は死なない。」

 卍解姿の巨大な斬魄刀が、攻撃に備える。

「君は死ぬ。 致し方無い。 君の様な逸材を、研究体とできないのは残念極まるがネ。」

 石田が弓を構えた。

「…悪いが僕は死なない。 致死量の毒を撒き切る前に、お前を撃ち殺す。」

「ヒャッハ!!」

 涅が笑った。

「是非! やって見給え!!!」

 それが合図だったかのように、金色疋殺地蔵が動いた。

 矢を、放った。

ズ…ン

ドッ

ザンッ

 力がぶつかった。

「…マ… マユ…リ… 様…」

 巻き上がる土煙に、ネムが目を凝らす。

ドン

「はぁ゛−っ… はぁーっ…」

 涅の腹に、大きな穴が開いていた。

 真っ二つ… いや、十字に打ち抜かれ裂けた金色疋殺地蔵。

 それは大きな音を立てて、その場に崩れた。

「はぁっ、はぁっ… くそ…ッ!」

 涅が苦々しく舌打ちをする。

「何のつもりだ、小娘!!!」

 怒り狂ったその視線の先には…

 に蹴り飛ばされたのだろう。

 地に突っ伏した石田と、その背を踏み付けているがいた。

「助けてやったんだ。 感謝しろ。」

 涅が嫌いなのだろう。

 の声は冷たい。

「…人間の子供に、尸魂界の霊圧を乱されるなんて…」

 石田を見据える。

「随分貴重な体験が出来たよ。」

 にこりと、笑う。

 小さく華奢な少女に踏み付けられているだけなのに、何故か動けない。

 石田が唇を噛んだ。

「睨むな。 本当なら生かして帰せぬ所だが…」

 ぽりぽり頭を掻いて、が続ける。

「邪魔をしてしまった詫びに、見逃してやろう。 それで許せ。」

「ふざけるなヨ、小娘! 殺せ!! 殺すんだ!!」

 涅が怒鳴った。

「黙れ、下衆。 それ以上口を利こうと言うのなら、私がお前を殺す。」

 が目を細めた。

チリッ

 わずかに、空気が震える。

「お前の斬魄刀… 半径100間に致死毒を撒き散らすと言ったが… 周りを巻き込むやり方だ。 気に食わぬ。 だから砕いた。」

 毒を撒くより先に、が切り伏せた。

 それに石田の矢が加わって、金色疋殺地蔵は十字に裂けたのだろう。

 が続けた。

「それにこの子供を見逃すと言う事は、お前が負けた事を内密にしてやると言う事だ。 損はないだろう? 十二番隊・隊長殿。」

 涅の頭に血が上った。

「負けないヨ、私は…」

 袖口から、何かを取り出した。

「まとめて殺してやる! 死ね!!」

 二人の方へそれを投げる。

 何やら液体の入った、小瓶だった。

「…殺されないとわからぬか…!」

 が月華を薙ぎ払う。

 砕けた小瓶、その液体は爆発を起こし、が起こした剣圧が涅へ向かう。

 涅は、手にしていた刀で、己の咽元を貫いた。

「!」

 流石にも驚いて、目を丸くする。

「ククク…」

 ドロっと、その体が溶けた。

「!!」

 石田が目を丸くする。

(…斬ったものを… 液体にする能力? 自分が逃げるために、手元にそんな能力を残しておいたのか…!!)

「…なるほど。 どのような攻撃も受けつけぬと言うことか。」

 が目を細めた。

「憶えていろヨ、小僧… 小娘… 必ず、必ず殺してやる…!」

 姿なき声が響いた。


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