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ドゴッ

「…!」

 の背に冷や汗が伝った。

 解放された、浦原の斬魄刀。

 それはほんの一振りで、岩を砕いた。

 両腕は縛道によって禁じられている。

 今のには、逃げ回る事しか出来なかった。

「いつまで逃げられますかね。 向かって来たっていいんスよ。」

 浦原は逃げるを追い回していた。

「ふ、ふざけるな! 殺されてたまるか!」

 さすがに必死なのだろう。

 その逃げ足は速い。

 ここは双極の丘付近に作った、浦原含め、一部にしか知られていない秘密の場所。

 逃げ切る事は不可能だと知っているが…

 イタチゴッコにも、いささか飽きてきた。

「そろそろ… 本気で行きますよ♪」

 浦原の姿が消えた。

「…っ…!?」

 足をとられた。

 その場に倒れる。

 小さな体に、浦原が圧し掛かった。

 恐怖に目を見張る少女を冷たく見据えて…

「や、やめ…!」

 斬魄刀を、その顔に向かって突き刺し… ―――

 一瞬、の呼吸が止まった。

「いやぁあああ!!!」

バキィッ

ガッ

 浦原は目を丸くした。

 にかけた縛道が解かれた。

 少女の頬を掠る筈だった斬魄刀は、そのまま地に突き刺さり。

 は横を向いて両手で顔を覆い、小さく震えている。

「なーんだ、出来るじゃないですか、さん♪ じゃ、今日はここまでで…」

 言いかけて、浦原は言葉を飲み込んだ。

「………さん?」

 いつもと様子が違う。

(ちょっとイジメすぎましたか…)

 浦原はゆっくり、から離れた。

さーん、大丈夫ですか?」

 浦原の声に、答えはない。

「…さんー…」

 浦原はぽりぽりと頭を掻いた。

 はまだ、震えている。

「…すみません、アタシやり過ぎましたね… 今日はもうしません。 終わりですよ。」

 いつものように、ふざけた軽いノリでそう言う。

「怖がらせてしまったお詫びに、何かご馳走しますよ♪ 甘い物好きだったっスよね?」

 は動かない。

「………」

 浦原が小さく息を吐いた。

さん… 立てますか?」

 そっと、少女に手を伸ばした時。

「……………」

 消え入りそうな細い声が聞こえた。

さ………」

「………なさい… ごめん、なさい……… ごめんなさい………」

 両手で顔を覆ったまま、は確かにそう呟いている。

 その声も、震えていた。

さん… 謝るのはアタシの方ですよ。 ほら、立って下さ…」

 その小さな手を取って、浦原は言葉を飲み込んだ。

 は、泣いていた。

………」

「…ごめ…なさい……… ごめんなさい……… 何も…しないから………」

 いつもの強気な態度からは予想出来ないほど、今のは頼りなかった。

 震えるは、ただの小さな少女で…

 どうしてやればいいのか、わからない。

「…ごめんなさい…母様……… ごめんなさい…」

 浦原は目を丸くした。

(母様…?)

 次にの口から出た言葉は、浦原から全ての思考能力を奪うには十分だった。

「…殺さ、ないで………」

 さすがに、言葉を飲み込んだ。

(今、何て………)

「…許して…さい……… お願い…だから… 何もしないから… 私を、殺さないで………」

 聞き間違えではない。

 は確かに、『殺さないで』と、そう言った。

 小さく、頼りなく、震える少女…

 浦原に斬魄刀の切っ先を衝き付けられて。

 それが、心に深く触れたのだろう。

さん…」

 少女の黒曜石の瞳は、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしている。

 何があったのかわからないが…

 それがどう言ういきさつだったのかもわからないが…

「…母親に… 殺されかけたんですか………」

 その声も聞こえていないのだろう。

 は泣きながら震えていた。


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