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ピク。

 十番隊の執務室。

 副官である松本はソファに横になっており、日番谷は一人机に向かっていた。

 幼なじみの同期と、後輩が揉めたのだ。

 松本も、気疲れしている。

「………」

 小さく息を吐いて、その手を止めた。

「…コソコソしてねえで出て来いよ。」

 は息を飲んだ。

「お前の事はわかるって… 前に言っただろ。」

 は少し困ったように首を竦めた。

「…予定外勤務の時間だ…」

「ああ…」

 の声に、短く答える。

「…五番隊の引き継ぎ業務を申し出たと聞いた。」

「あんな状態だ… 仕方ねえだろ。」

 が細く笑う。

「働き者だな、日番谷は…」

「…うるせえ。」

 日番谷が立ち上がった。

 カタっと、棚を開ける。

「ちょっと休んで行けよ。 仕事しながらだから、そんな構ってやれねーけど。」

「子供じゃないんだ。 構ってくれなんて言っていない。」

「そーかよ… お、あったあった。」

 四角い箱を取り出した。

「ほら、草加せんべえ。 これくらいしか茶菓子 ねーから。 今、お茶を入れてやるよ。」

 に箱を渡して、茶を入れるべくソファの脇に向かう。

「………何も、聞かないのか?」

 聞いて欲しいわけではないが、そんな言葉が口から出る。

 誰よりも不安なのは、なのかも知れない。

 日番谷が首を竦めた。

「…聞いても答えなんて誰にもわからねえよ。 お前が苦しいだけじゃねえか。 変な事言うなよ。 …お。」

 ポットの横に、何かあった。

(月餅…)

 そう言えば、部下に差し入れで貰った事を思い出した。

ー、月餅食うか? 一個しかないから、松本には内緒にしろよ。」

 茶を入れながら、声を投げる。

 は何も言わずに、きゅっと唇を噛んだ。

 日番谷が眉を寄せた。

「なぁ、… お前変だぞ? 大丈夫…」

 ――― 。

 『大丈夫か?』 その言葉を飲み込んで、日番谷は目を丸くした。

 振り返ったその小さな肩に…

 がぽすっと、頭を乗せた。

「…どーした?」

 それを拒む事もせず、そう訪ねる。

「………ん。」

 は短くそうとだけ答えた。

「 『ん』 じゃわからねーよ…」

 日番谷が少し眉を寄せる。

「………」

 とても… 不安だった。

 封印から解かれてまだ一月も経っていないのに、色々あり過ぎた。

 だけど、少女が知らぬ所でも何か起きているだろう。

 不安だった。

「何故… 人の形を成した生き物達は… 己が力を誇示したがるのだろう…」

 強い力からは何も生まれない。

 それは身を持って、思いしっている。

「………」

 知らぬ所で、血が流れる。

 知らぬ所で、誰かが傷付く。

 何か起きると告げようとしているのだろう。

 少女が持つ二つの斬魄刀は、必死に訴えかけているが…

 旅禍の侵入も手伝って、それを考える時間も多くない。

 活発になる虚の動き…

 ルキアの処刑と、藍染の死…

 頼りにしていた浦原は、尸魂界にはいない。

 怖かった。 ―――

 だから。

「さぁな… 皆、不安なんじゃねえか…」

 何事もないように、普通に接してくれる日番谷に安心したのだろう。

 とても優しいその声は、居心地がいい。

「どーした? 気分でも悪いのか?」

 真っ直ぐでひたむきな日番谷の瞳は、それだけでを諫めてくれる。

「…ちょっと… 充電………」

「充電?」

 日番谷が首を傾げる。

「何だ、そりゃ…」

 呆れたように、溜息を吐いた。

 以前は抱き締めたりもしたが、今日は何となく、の好きにさせようと思う。

「重いだろ…」

 そう言いつつも、振り払う事も身を捩る事すらもしなかった。

「…ん…」

 も、そのまま動かなかった。

「………重いっつーの。」

 その声は優しい。

「ん………」

 嫌な気分を洗い流してくれるような、そんな声だ。

………」

「ん…?」

 日番谷は言葉を探した。

「…護るから。」

 ゆっくり、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「俺が… 護るから… 絶対に護ってやるから… だから、心配すんな…」

「………」

 肩に頭を置いて俯いたままの少女。

 その表情は見えない。

 しばらくして。

「……………ん。」

 とても小さな短い声が、日番谷の耳に届いた。


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