『食べ。』 突然、目の前に差し出された食べ物。 『腹へって倒れられるゆうことは、キミもあるんやろ? 霊力(ちから)。』 聞き覚えのない声に、聞きなれない抑揚の言葉。 松本は首を傾げた。 『…キミ… も…?』 視線だけを向けると、自分とさほど年の変わらない、一人の少年がそこにいる。 『あァ。 ボクもや。 市丸ギン。 よろしゅうな。』 にこにこと人懐こそうな笑顔に、優しい声。 『…ギン…』 何か言葉を探そうと必死になっても、適当な物は浮かんでこなくて。 『…変な名前。』 そんな事を言ってしまう自分は可愛くないと。 少し、後悔した。 ピク。 (動いたか、阿散井…) ある気配を感じて、が小さく頷いた。 (やはり、懺罪宮へ向かうか。) 脱獄して、ルキアを助けに向かったのだろう。 今晩中に、会っておいた方がいい。 「すまない… 行くよ、日番谷。」 「ああ。」 の声に、小さく頷く。 「…無茶するなよ。」 「お前に心配されるほど、落ちぶれてねーよ。」 軽く憎まれ口を叩く日番谷に、細い笑みが零れた。 「そうだな…」 (大丈夫。 日番谷は、強い。) しっかりしなければ行けないのは、自分自身だと気付かされた。 目が覚めた。 「起きたか、松本。」 「…隊長…」 視線を声のした方へ向けると、書類と向き合ってる日番谷がいる。 「…何してんです、あたしの部屋で?」 「バカヤロウ。 執務室はお前の部屋じゃねえ。」 寝起き直後にふざけた事を言う副官に、頬をひくつかせながら日番谷が続ける。 「起きたんなら、さっさと代われ。 俺はもう疲れた。」 「そんなの、隊長が五番隊の引き継ぎ業務 全部引き受けてくるからでしょ。」 憎まれ口を軽く叩くが、自分が眠っている間に日番谷が一人書類処理をしていたのは事実。 「うるさい。 とっととコレ持って自分の机につけ。」 日番谷が、書類の束を差し出した。 「…!」 受け取って、ある事に気付く。 「…もうこれだけなんですか!? あんなにあったのに…」 思わず目を丸くして日番谷を見据えた。 「うるせえっつッてんだ。 さっさとやれ!」 日番谷は無愛想にそう言って、湯飲みに手を伸ばす。 松本がわずかに目を伏せた。 「…あたし… 随分 眠ってたみたいですね…」 めずらしくしおらしい副官の声に、日番谷は驚いたように目を丸くした。 「…構わん。」 小さく息を吐いて、続ける。 「同期と後輩があんなモメ方すりゃ、お前もそれなりにキツかっただろう。」 松本だけではない。 雛森も、吉良も… そして、も精神的に参っている。 「…同期…… …か…」 書類を握り締めて、松本が続ける。 「…ねえ、隊長。」 躊躇いがちな声。 とても不安そうだ。 「隊長は本当に… ギン… …市丸隊長のことを…」 松本の声を遮ったのは。 「し… 失礼します!」 静かな執務室の空気と違って、とても慌しい声。 「十番隊・七席 竹添 幸吉郎です!! 日番谷隊長、松本副隊長は仲におられますでしょうか!!」 その声で、状況が緊迫している事がわかった。 「何だ! 開けろ!!」 ガタッと、椅子から腰を上げて日番谷が声を投げた。 「は! 失礼します!!」 ガラララッ ドアが開いた。 隊士が続ける。 「申し上げます! 先程入った、各牢番からの緊急報告で、阿散井副隊長、雛森副隊長、吉良副隊長の三名が… 牢から姿を消されたとのことです。」 日番谷は目を丸くした。 それ以上、隊士の話を聞くこともせず、執務室を飛び出す。 「日番谷隊長! どちらへ…?」 「あたしも追うわ。 あなたは任務に戻りなさい。」 松本が日番谷を追いかける。 きっと、雛森が収容されていた牢へ向かったはずだ。 (隊長って、本当に人がいいんだから…) 辺りはうっすら暗く、涼しい風が頬を撫でる。 (…あたし、本当に随分眠ってたみたいね…) 迷惑をかけてしまった事に少し反省して。 それでも起こさないでくれた隊長に、感謝の気持ちを抱いた。 鉄格子から細い月が覗いている。 「…も… 申し訳ございません…」 日番谷と松本を前に、牢番が深く頭を下げている。 「雛森副隊長に呼ばれて振り返ったと思ったら、目の前が真っ白になってしまって… 気が付いたらこの有様… 全く以って申し開きのしようもございません…」 「『白伏』だな…」 日番谷が息を吐いた。 「はっ!?」 牢番が首を傾げる。 「雛森は元々鬼道の達人だ。 本気で閉じ込めておくつもりなら、霊圧を封じておくべきだった。 だがそれをしなかったのは…」 隊舎牢。 壁に大きな穴が空いている。 「誰も雛森が、ここまでして脱獄するとは思いもしなかったからだ。」 確かに、雛森らしからぬ行動である。 「処刑される訳でもないのになんで…」 松本がそう言うのも無理はない。 何故、壁に大穴を空けてまで、脱獄しなければならないのか。 「…そんなもん… 理由は一つしか無えよ。」 日番谷が唇を噛んだ。 「松本、先に帰ってろ。」 チキ… 氷輪丸の柄を握る。 「俺は、雛森を助けに行く。」 目の前で、誰一人傷付けさせはしない。 雛森も、も… 護ってみせる。 その決意を秘めた瞳が、力強く輝いた。 |