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「あいつが来る前に、俺がてめえを殺す。」

 対峙した日番谷と市丸。

 日番谷が斬魄刀の柄に手をかけて、市丸を睨み据える。

ズ…

 その霊圧が上がった。

ヒュッ

ダン

 日番谷と市丸の間に。

「…雛森…!」

 突然現れた雛森に、日番谷が息を飲む。

「 ――― やっと… 見つけた… こんな処に居たのね…」

 雛森がゆっくり立ち上がる。

「止せ、雛森!!」

 日番谷が制止の声を投げる。

「お前の敵う相手じゃねえ! 俺に任せて退がってろ!」

 日番谷の声も聞き入れず、雛森は斬魄刀に手をかける。

「雛森!!!」

 ゆっくり、斬魄刀を引き抜いた。

 そして。

 その切っ先を、市丸ではなく、日番谷へ向ける。

 日番谷は訳がわからず、目を丸くした。

「雛… …森…?」

「…藍染隊長の… …仇よ。」

 間違えなくそう呟いて、雛森は日番谷を睨み据えた。

 涙を湛えた、瞳で。















「………」

 目が覚めた。

 上体を起こす。

 じぃっと、襖の向こうの気配を探った。

「…どうした、?」

 その声に、躊躇ったように襖が開いた。

 寝着の上にもう一枚着物を羽織った姿で、が佇んでいた。

 しかしその腰には、鎖の巻かれた斬魄刀が刺さっている。

 白哉は眉を寄せた。

「眠れぬのか…」

 その声には答えず、白哉の寝室に入る。

 白哉の側を素通りして障子を開け、そのまま縁側に腰を下ろした。

 空には、猫の爪のような細い月がかかっている。

 白哉が不審そうに、眉を寄せた。

「…月が、どうかしたのか?」

 の側へ歩み寄り、倣って、空を見上げる。

 猫の爪のような、細い月。

 それでも、淡く光を放ち輝いて見える。

「…阿散井が………」

 は月を見上げたまま口を利いた。

「お前を、"月"の様だと言っていた…」

 暗い空に輝く月。

 美しく高貴なそれは、何人にも触れる事の敵わない遠い存在。

「…私が月なら、お前は何だ?」

 白哉の声に、はわずかに目を細めた。

「お前が"月"だと言うならば… 私は"雨"にでもなろうか…」

 月も太陽も覆い隠し、空と大地を繋ぐように降る雨。

 それは大地と交わっても、月とは交わらない。

 月夜に雨はなく、雨の日に月はない。

「…互いに合い入れる事もなく、同じ空に並ぶ事すら許されない…」

 は続ける。

「お前が月ならば、私は雨だ…」

 物音一つない静寂の中、少女の声だけが空気を揺らしている。

「…気付いているだろうが、恋次が脱獄をした。」

 白哉の声に、頷く。

「ああ。 雛森と… 吉良も牢を出たはずだ。」

 が続けた。

 白哉がじぃっと、少女を見据える。

… もう遅い。 明日に障る。 休め。」

 白哉が少女を立たせた。

「来い。 離れまで送ろう。」

 一歩踏み出して、足を止めた。

 少女の小さな手が、後ろから、白哉の裾を握っている。

「…………」

 振り返ろうとして、息を飲んだ。

 がその背に、頭を寄せていた。

『時には… 甘えて差し上げなさい。』

 その手は、小さく震えている。

「…怖いんだ…」

 消え入りそうな小さな声は、確かに震えていた。

「知らぬ所で血が流れる… 姫椿も、確信に触れるような事は何も言わぬ…」

 王族直属の防人一族と言えど、白哉から見れば今のは、ただの小さな少女だった。

「私では…」

 白哉がゆっくり振り返った。

「私では、その不安を… 取り去る事は出来ぬか…」

 宙を掴んだ少女の小さな手を、そっと包む。

「白… ――― 」

 唇が触れた。

 ほんの一瞬だったが、あまりに突然すぎた出来事に、は目を丸くした。

 その黒曜石の瞳を、まっすぐに見据える。

「白哉………」

 少女の瞳が揺れた。

「私が"月"なら…」

 その頬に触れた。

「お前は"夜"だ…」

 決して離れる事のない関係。

 深い所で繋がっていると、そう言いたいのだろうか。

 その絹のような髪を撫でて、もう一度、今度は深く口付ける。

 二つの影が、夜闇に沈んだ。


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