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「藍染隊長! ただ今戻りました。」

 五番隊舎奥、藍染の部屋の前で、雛森が声を上げた。

「ご苦労だったね、雛森君。 自分の仕事に戻っても大丈夫だよ。」

「は、はい!」

 いつものくせで元気に返事をしてしまったが。

「あの、藍染隊長…」

「どうかしたのかい? 入っておいで。」

 いつもと違う雛森の様子に、藍染は自ら部屋のドアを開けた。

「なるほど。 客人だね。」

 の姿を見て、にこりと笑う。

「雛森君、お茶を入れてもらえるかい?」

「は、はい!」

 雛森はぱたぱたと小走りでその場から離れた。

「わざわざ訪ねてもらってすまないね。 …君で、いいのかな?」

「ああ、構わない。」

 頷くに、にこりと微笑む。

「どうぞ上がって。 折り言った話があるのだろう。」

 促されるまま、藍染の部屋の中へ入った。





「まさか僕の所を訪ねてくるとは思わなかったよ。」

 藍染が首を竦めた。

「五番隊隊長・藍染 惣右介。 どうぞよろしく。」

 人好きそうな笑顔で微笑んだ。

「朝食は済んでいるのかな? 何か食べるかい? と言っても、特別なものは用意出来ないけど。」

「構うな。 結構だ。」

 と。

 人の気配に気付いたのだろう、が部屋のドアを開けた。

「ふわぁ!」

 雛森が驚いたような声を上げた。

 が小さく笑う。

「それじゃ開けられないだろう。」

 急須と湯のみを載せた盆を持っている雛森。

「あ、ありがとう、ちゃん。」

 雛森は藍染の側に、その盆を置いた。

「じゃ、あたしは仕事に戻りますね。」

 ぺこりと小さく頭を下げて、雛森は去った。

 は細く笑った。

「雛森といい日番谷といいやちるといい… いい奴等ばかりだ。」

「六番隊舎へはまだ出向いてないみたいだね。」

 藍染の声。

 は弾けたように藍染を見た。

「わかるよ。 声を聞けば何となくね。」

 と、首を竦める。

「…朽木隊長を避けているのかな?」

 はぎゅっと拳を握った。

「避けている訳では…」

 言いかけるが、毒のない藍染の微笑みの前に、言葉を飲み込んだ。

「…わからないんだよ、私には。 白哉がどうしたいのか…」

 は藍染を見据えた。

「私と… 白哉の事を知っているのか?」

 藍染は首を振る。

「知らないよ。 だけど、君は、朽木君を名指しで呼べる。 親しい間柄だろうと言うのは、僕の推測だ。」

 は小さく息を吐いた。

「…お前は嫌いだ。 お前と話をしていると、少し疲れる。」

「それは残念だ。」

 藍染が首を竦めた。

 は立ち上がった。

「行くよ。 邪魔したな。」

 昔を思い出して少し感傷に浸っている自分が、情けなかった。

 今日はもう誰にも会いたくない。

 五番隊舎を出て、一人ゆっくり歩いていた。

 目を閉じる。

 今は、あの恐ろしい記憶しか思い出せない。

「…私はどうすればいい?」

 腰に刺した斬魄刀の柄をぎゅっと握った。

ふらぁ…

 一瞬、視界が揺らいだ。

 気を取り直して、首を振る。

「…教えてくれ………キ」

 の声が最後まで発せられる事はなかった。

 少女の細い首に、一本の針が刺さっている。

「くそっ… 誰だ…?」

 揺らぐ視界で辺りを見回すが、強力な睡眠薬でも含まれているのだろう。

 体が言う事を利かない。

「…油断した………」

 少女の体がその場に崩れた。

「白哉…」

 少女の意識は、途切れた。

 すると、どこから現れたのだろう。

 一人の男が少女の側に佇んでいる。

「ククク。 防人か。 新しいサンプルには十分だ。」

 十二番隊長・涅マユリその人が、怪しい笑みを浮かべていた。


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