動けなかった。 誰も傷付けたくない。 その想いは変わらないのに。 白哉が卍解を発動した時も。 血塗れになって、それでも戦おうとする恋次を斬ろうとした時も。 そして。 それでもなお、立ち上がり、恋次が白哉に向かって行った今も。 まるで足が石になってしまったかのように、動かなかった。 助けたかった。 互いに傷付け合うのなんか、見たくなかった。 どちらかが倒れて、血を流して… そんなのは嫌だったのに。 ――― まばたきすら出来なかった。 恋次の想いと、白哉の決意。 その大きさも。 どちらも譲れぬ信念だと知っていたから。 一歩も動けなかった。 ドッ 鮮やかに、朱が散った。 血に塗れて… 呼吸も間々ならないそんな状態で… 恋次は斬魄刀を手に、白哉に向かって行った。 血が舞うのも… まるで、スローモーションのようにゆっくり… 一つの映画のように、ゆっくり見えた。 恋次の刀は、確かに、白哉の胸を突いた。 だが… ドッ その刀身は折れ、地に突き刺さった。 おそらく、白哉が平時放っている霊圧に耐えられず、折れたのだろう。 シャン 柄から先にある刃も、音を立てて崩れた。 が息を飲む。 もはやその刀の形すら保てぬほど、恋次は弱っていた。 血が、噴き出す。 肩から… 足から… 背中から… 折れた刀。 いや… もう、刀とは呼べない、柄と鍔しかないそれ。 それでも。 恋次は引きずるように、その重い足を進めて… 月に届け、と。 切に、一心に… 歯を食い縛る。 白哉の胸を突いた。 カシャ…ン 柄も唾も… 粉々に散った。 息を吸おうと、口を開けると… 血が溢れた。 それを全部吐き出して、キツク、歯を食い縛る。 ただ込み上げてくるのは… 行き場の無い 悔しさ。 「…ちくしょう…」 そう呟いて… 自らの作った血の海へ、その体が沈んだ。 倒れ行く恋次を、白哉が静かに見守る。 「 ――― 見事だ。」 バッ その首元に巻かれた襟巻きを、恋次の体の上に被せた。 「貴様の牙…」 風に、白哉の髪が揺れる。 「確かに 私に、届いていたぞ。」 裾を翻した。 『彼女には、もう余り近付かない方が良い。 それが君の為でもあり、彼女の為でもあるんだ。』 同期の吉良に、そう言われた事があった。 『彼女だって解ってる筈だよ。 彼女はもう、僕らとは違うんだってことを。』 稀に、白哉に連れられて出歩いているルキアを見かけた。 哀しいような、淋しいような… そんな表情をしていたルキア。 貴族の養子になれば、ルキアは幸せになれる。 そう思ったのに。 何故、そのような表情をしているのだろう。 『へぇ、そいつァ大層な目標だな。 朽木白哉より強く… か。』 十一番隊にいた頃。 酒も手伝って、一角にそうこぼした事があった。 貴族に貰われて、幸せでないとしたら。 何のために、ルキアの背を押してやったのかわからない。 何のために己の心を偽って、ルキアの手を放してしまったのか、わからない。 ――――― 俺は、ただの馬鹿だ。 『難儀な話さ。 厭になるだろう?』 弓親が眉を寄せた。 『いつだって描くより破ることの方が容易くて、解くより結ぶことの方が、ずっと難しいんだ。』 何故、手を放してしまったのだろう。 『…朽木家に、養子に来いと言われた。』 突然の話に、ルキアは戸惑っていた。 貴族からの申し出、すぐに卒業して、護廷十三隊への入隊も手配する… 確かに、裏がありそうなほどムシがいい話だ。 貴族になれば、もう俺ともあまり会わなくなるし、会おうともしなくなる。 住む世界が変わっちまうんだ。 それでも、ルキアが幸せになれるなら… そう思ったのに。 その背を押してやった事を、その手を放してしまった事を、ずっと後悔していた。 何故、ルキアの手を放してしまったのだろう。 何故、あの時… 無理やりにでも、力づくにでもその小さな手を繋ぎとめて… 放さない、と。 ただ一つの決意が出来なかったのだろう。 じぃっと、自分の左手を見る。 ルキアの手を放してしまった、手を。 今は血に塗れて、真っ赤になっていた。 その瞳が… 色を失くして行く… |