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 四大貴族が一、朽木家。

 その跡取りとして幼い頃より教育を受けて来た朽木白哉は、感情の起伏が激しい方ではない。

 常に冷静で、冷淡で…

 与えられた任務は忠実にこなす、まさに死神の鑑。

「………」

 何故だろう。

 イライラする。

 自分の感情がコントロール出来ないなんて、はじめてだ。

 きっと…

 敵わぬと知りながら、それでも自分に挑んだ恋次の姿に…

 昔の己を重ねたからだろう。

 あの頃の自分は、浅はかだったと思う。

 尸魂界・中央四十六室の決定は絶対。

 どんなに足掻いても、決して覆る事はない。

 それでも、何もせずにはいられなかった。



(… ――― )

 あの日。

 降り続ける雨の中。

『お前を…! 巻き込みたくない…!!』

 そう言って少女は震えていた。

『…私を殺せ…っ…!!!』

 燃え上がる地獄の黒い炎。

 激しく揺れ動くその巨大な霊圧に、手も足も出なかった。

(………)

 自分には…

 少女を抱いてやる事も、その涙を止めてやる事も出来なかった。

 ならばせめて。

 少女が愛した友を助けよう。

 己の罪が、それで許されるとは思わないが…

 ただ黙って見ている事は出来なかった。

 後悔よりも、自責の念がそうさせたのだろう。

 わずかに離れた場所で俯いている、かけがえのない大切な者。

 ただ… この少女を護りたかった。

 だから、強くなろうと決めたのだ。









ザッ

「白哉… 頬に血が…」

「返り血だ。 私の物ではない。 それより、思った以上に時間がかかってしまってすまなかった。」

「…よい。」

 白哉が、じぃっと少女を見据えた。

「…怪我でもしたのか?」

 訊ねた。

「違う…」

「そうか。 では…」

 首を振る少女に、白哉が眉を寄せた。

「何故 泣く?」

 一筋の涙が、少女の頬を伝っていた。



『何もしないでくれ。』

 驚いて目を丸くする少女に、恋次は首を竦めてはにかんだ。

『俺は、もう迷わねえ。』

 力強い声。

『ルキアを助けるためだったら… 月にだって吠えるさ。』

 まるで鋭い棘のように、少女の胸に深く刺さる。



「…お前が泣けぬからだ。」

 ぽろぽろと、涙が零れた。

「だから… 私が代わりに泣いている…」

「そうか…」

 小刻みに震える小さな肩を、優しく抱く。

「行くぞ…」

 答える声はなく、代わりにグスンとすすり泣く声が聞こえる。

 白哉は、一度目を伏せた。

「双極だ。」


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