6


「…何だと…?」

 心なしか、白哉の声は少し上擦っていた。

「…訊き返すなよ… …聞こえてんだろ。 それとも信じられねえだけか…?」

 その自信は何だろう。

「二度も三度も言わねえぞ… 俺の言葉は信じられなくても…」

 一護が顔を上げた。

 真っ直ぐ、射抜くように白哉を睨み据える。

「てめえの眼なら信じられるだろ! 朽木白哉!!!」

 白哉が目を見張った。

「しっかり見てけよ。 こいつが俺の ――― 卍解だ。」

 は息を飲んだ。

 空気が震える。

 それに比例するように、一護の霊圧が膨れ上がって行く。

「おおおおおおおおおお!!!」

ガッ

 強く踏み込んで。

ドン

 その霊圧を解放する。

「………」

 が眉を寄せた。

 実に、不思議な光景だ。

 死神として頂点を極めた者のみに許される、斬魄刀戦術の最終奥義。

 死神として、他と隔絶した超然たる霊圧を生まれ持つ四大貴族といえど、そこに至ることができる者は数世代に一人と言われ。

 それを発現できた者は、一つの例外もなく尸魂界の歴史に永遠にその名を刻まれる。

 それが卍解だ。

ビリッ

「…?」

 一瞬、軽い痺れのようなものを感じた。

(何だ? どうした、月華?)

 この場が危険だと、斬魄刀がに伝えようとしているのだろうか。

(危険は承知の上… それでも…)

 この場で、この戦いを見届けたかった。

 それが何故だかわからない。

「………」

 この戦いは、きっと白哉にとっても一護にとっても必要な戦いだ。

 この戦いを見届ければ… この胸騒ぎの理由がわかる気がする。





(…莫迦な。 こいつは何だ。)

 徐々に霊圧の膨れ上がってゆく一護を、じぃっと見据える。

(此奴は、ルキアの力を喰らって死神となった。 貴族どころか、元来死神ですら無い。)

 白哉は、胸中穏やかでいられなかった。

(それが何故、卍解などと容易く口にする?)

 眉を寄せる。

(それが何故、こんな霊圧を放っている?)

 一護の霊圧が、その辺り一帯に風を巻き起こしていた。

 その生温い風に、白哉の髪が揺れる。

(これではまるで ――― )

ザアッ

 一護が斬魄刀を真っ直ぐに構えたその一瞬。

 その場の時間が止まったかのように思えた。

「卍解!」

 刹那。



 白哉が指先をに向けた。

「!?」

 一筋の光が、に向かって伸びる。

「バカ者! 私の心配よりも…!」

 の声は、大きな轟音に遮られた。

ドウ

 風が吹き荒れ、土煙が舞い上がる。

 それは、白哉の卍解の比ではない。

 吹き荒れる風の中、白哉は身動き一つせずに視界が晴れるのを待った。

 は。

 白哉の張った結界の中で、訝しそうに眉を寄せていた。

(バカ者…! 戦いの最中、高等結界を張ろうと無駄な霊力を使う奴がどこにいる!)

 一護の卍解発動と同時に、自分に向かって伸びた光。

 その正体は、外からの攻撃も中からの攻撃も受け付けぬ、高等結界。

(…私は… お前に護られなくとも大丈夫だ…)

 白哉も馬鹿ではない。

 一護の霊圧の大きさは、身に沁みて感じている筈だ。

 土煙が徐々に晴れて行く。

 白哉は目を見張った。

 黒衣のマントのような一張羅… その右手に、収まっているのは真っ黒い一振りの刀。

 まさか、あれが卍解だと言うのだろうか?

「『天鎖斬月』。」

 それが名なのだろう。

 一護が白哉を見据えた。

「 ――― 何だ …それは。」

 白哉が目を丸くした。

「そんな小さなものが… 卍解… …だと…? ただの、斬魄刀ではないか…」

 黒い刃の刀。

 それは、一護が常時装備していた斬月よりもはるかに小さい。

 白哉の霊圧が上がった。

「…成程… 極刑といい卍解といい、貴様はよほど我々の誇りを踏み躙るのを好むと見える…!」

 戦い開始からしばらくして、本来の冷徹さを取り戻したように思えたが。

 今の白哉は、かなり機嫌が悪い。

「ならばその身に刻んでやろう! 誇りを穢すということが、どういう報いを受けるのかをな!!」

ゴアッ

 白哉の怒りに、千本桜が反応した。

と。

「!!」

 が息を飲んだ。

(何だ… 今…!)

 一瞬たりとも目を離さなかったのに。

 一護はその場から姿を消して… 白哉の首筋にその漆黒の刃の切っ先を突き付けている。

 白哉は息を飲んだ。

「 ――― どうもその『誇り』ってやつが、ルキアを殺すことと繋がってるみてえだな…」

 一護が目を細める。

「…だったらあんたの言う通り、俺はそいつを踏み躙るぜ。」

 ギリッと、強く刀の柄を握る。

「その為に、手に入れた卍解(ちから)だ!」

 迷いの無い声。

 それがの胸を打った。


back