一護は目を見張った。 膨れ上がる白哉の殺気に、思わず刀を引いて距離を取る。 「…見るがいい、黒崎一護。」 冷ややかな声。 「これが、防御を捨て敵を懺すことだけに全てを捧げた、千本桜の…」 その声に従うように、千本桜が姿を変えて行く。 「 ――― 真の姿だ。」 一護も、も息を飲んだ。 「懺景・千本桜景厳。」 目を疑った。 無数に並ぶ、刃の葬列。 (…まだ何か隠しているとは思ったが、これは…) が眉を寄せる。 恐怖を通り超えて、その雄大さに軽い感動すら覚える。 「…案ずるな。」 沈黙を破ったのは、白哉の声。 「この千本の刃の葬列が、一度に貴様を襲うことは無い。」 白哉がゆっくり歩みを進める。 「この『懺景』は…」 ザッと、腕を上げる。 「私が必ず、自らの手で…」 それに引き寄せられるように、一本の刀が白哉の手に納まった。 「斬ると誓った者にのみ、見せる姿。」 グッと、それを強く握って、白哉が目を細めた。 「見るのは貴様で、二人目だ。」 「…そりゃどうも。」 一護の頬を、冷や汗が伝う。 一瞬、時が止まった。 「行くぞ、黒崎一護!」 互いに踏み込む。 白と、黒。 刃が閃いた。 ドン 「きゃぁっ…!」 結界の中にまで、衝撃が伝わって来るようだ。 ビリビリと、体が痺れるような… そんな錯覚すら感じる。 がぐっと、その手で自分の体を押さえつけるように抱き締めた。 (鎮まれ…) きゅっと、唇を噛んだ。 白哉が戦っている姿は、あまり見たくない。 誰を傷付けるも、誰かに傷付けられるも嫌だった。 「…勝つな、白哉…」 白哉が勝てば、一護もルキアも殺されるだろう。 だけど。 ――― いつだったか、誰よりも強くなりたいと言っていたのを覚えている。 だから。 ――― 「…負けるな… 白哉………」 白哉が負ける戦いなど、見たくない。 「…負けるな…!」 唇を噛んだ。 姿を変えた、白哉の卍解。 千本の刃の葬列の中、黒と白の刃が交わる。 ガン その煌きに、血が散った。 ドン ガガッ 衝撃に刀身を滑らせ、距離を取る。 ザザザザザ… 一護が奥歯を噛み締めた。 (迅えぇ…! 『懺景』ってのになってから、どんどんスピードが昇ってやがる…!) ぐっと、斬魄刀の柄を握った。 (けど、まだついていけねえ速さじゃねえ。 俺も、もう少し早くできる ――――― ) 呼吸が止まった。 「!」 目の前に突き付けられた白い刃を、間一髪で交わす。 交わしきれずに、頬が裂けた。 白哉の裾が、一護の背後に回った。 バッ 慌てて、視線を投げ ――― 首に突き付けられた、白い刃。 ガン 弾く。 「…どうした、随分と動きが鈍くなってきたぞ。 …黒崎一護。」 ギリ…ッ 競り合う。 「そうか? 俺にはあんたの剣は、まだ止まって見えるぐれーだけどな。」 隙を見せればつけ込まれる。 一護は敢えて強がった。 白哉が一瞬、視線を千本の葬列した刀へ投げた。 キュン 使い手の意志に従い、一本の刀が白哉の掌に納まる。 ドン それで、一護の足の甲を貫いた。 「!」 動きを封じられて、一護が奥歯を噛み締める。 「破道の四。」 耳に響くは、冷ややかな声。 トッと、白哉が指先を一護の右肩へ添える。 「『白雷』。」 ドン 一筋の光が、空へ伸びた。 一護の呼吸が止まった。 貫かれた、右肩が… 熱い。 ズ…ッ グラァ… 傾きそうになる体を。 ダン 踏みとどまる事で堪える。 パパパッ 鮮やかに、血が舞う。 「はっ… ごほっ… げほっ…」 その様子を見て、白哉が目を細めた。 「 ――― 限界だな、黒崎一護。」 「…なん… だと…?」 顔を上げて白哉を睨もうとして、ある事に気付いた。 (体が… 動かねえ…!) 「…貴様はどうやら、『懺景』になって私の速力が昇ったと感じているようだが、それは違う。」 ザ… ザァ…ッ 白哉の手に納まっていた白い刃が、風に乗って花びらのように宙に舞った。 「『懺景』は、ばらばらだった刃を刀の姿にして圧し固めて、爆発的に殺傷能力を高める為のもの。 速力は変わらぬ。」 「…落ちてたのは… 俺のスピードの方だったって… …言いてえのか…」 呼吸を繋ぐことも難しく、一護が眉を寄せた。 白哉の目がわずかに揺れた。 「…貴様はよく戦った。 幾人もの隊長格を退け、千本桜の斬撃をその身に受けながら、よくぞここまで耐え抜いたものだ。」 白哉の声だけが、やけに冴えて一護の耳に届いた。 「だが、感じるだろう。 貴様が幾ら耐えようとも、最早貴様の肉と骨が死んでいるのだ。 此処が、貴様の限界。」 白哉が、刀をかざした。 「終わりだ。 黒崎一護。」 刀を振り下ろ… 「………」 白哉が眉を寄せた。 一護に向かって真っ直ぐに振り下ろされた刃は、一護に届く前に止められた。 「…そこをどけ、。」 結界を破ったのだろう。 一護を背後に庇ったのは、だった。 「やめろ、白哉…」 涙を堪えているのか、その黒曜石の瞳が揺れる。 「…どけ…!」 刃を引くこともせずに、白哉は真っ直ぐにを見据えた。 「どかぬ…!」 が唇を噛んで、力なく首を振った。 「イヤなんだ… これ以上、その手が血に染まる所など見たくはない…!」 が真っ直ぐに白哉を見上げた。 「…幼い頃… 私に差し伸べられたお前の手は… 何の汚れも知らずに、とても綺麗だった…」 握ったその手は、とても暖かかった。 「お前には… 血は似合わぬ…!」 その手を、護りたいと… 思った。 「私の目の前で…! これ以上、その手を血に染めるな…!」 がきつく唇を噛んだ。 「私にはわかる…! 誰か一人を斬る度に、お前の心は悲鳴を上げて砕けて行く… もうやめろ、白哉…」 の声は震えていた。 「自分を殺すな… 殺さないでくれ…」 一筋の涙が、少女の頬を伝った。 「………」 すっと、白哉が刃を引いた。 (…情けねえ… 俺、また護られたのか…?) 体が重い。 指先一つ動かなかった。 俯いたままの瞳の隅に映るのは、長い漆黒の髪の少女の後姿。 (くそっ…!) 奥歯を噛み締める。 (動け! 動けよ!!) 行き場の無い悔しさが、一護の脳裏を支配している。 (何の為にここまで来たんだ!! 勝つ為だ!! 生き残るだけじゃ意味が無え! 戦うだけじゃ意味が無え!!) ルキアを助けると、己の魂に誓ったのだ。 (勝たなきゃ何も、変えられねえんだ…!! 勝つんだ… 俺は …勝ちてえ。) ドウ は息を飲んだ。 今の今まで、いつ消えてもおかしくなかった一護の霊圧。 それが、膨れ上がった。 いや、その霊圧は、それまでの一護の物とはほど遠い。 (…まさか…!) 「!!」 ドッ 背後から、胸を一突きにされた。 |