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ダン

 息を弾ませて、やっとの思いでその場に辿り着き、日番谷は自分の目を疑った。

「…市丸… …と……」

 思わず言葉を飲み込む。

「や。 日番谷君。」

「藍… …染…!?」

 殺されたはずの藍染が、何故ここにいるのだろう?

「どういう事だ… てめえ… 本当に、藍染なのか…?」

「…勿論、見ての通り本物だよ。 それにしても。」

 上擦る日番谷の声に、藍染が首を竦めた。

「予定より随分と早いご帰還だね、日番谷隊長は。」

 その声に、市丸が首を竦める。

「すんません。 イヅルの引きつけが甘かったみたいですわ。」

 日番谷が眉を寄せた。

「…何の… 何の話をしてんだ、てめえら…」

「何の話? ただの戦術の話さ。」

 藍染がじっと、日番谷を見据える。

「敵戦力の分散は、戦術の初歩だろう?」

「"敵"… …だと…!?」

 その胸の中に、一つの不安が渦を巻いた。

「…雛森は何処だ…」

 震える声。

「何処かな。」

 藍染の声は冷たい。

「てめ… !!」

 藍染と市丸の背後の、清浄塔居林。

 そこへ駆け込んだ。

ダン

「 ――― ひ…」

 一瞬、呼吸が止まった。

 その場に、雛森が倒れていた。

「……雛… …森………」

 日番谷は目を疑った。

 雛森は血に濡れていた。

 この場には、藍染と市丸しかいなかったのに…

「…残念、見つかってしまったか。」

 自分に背を向けるように立ち竦む日番谷に、藍染が声を投げる。

「…済まないね、君を驚かせるつもりじゃなかったんだ。 せめて君に見つからないように。」

 淡々とした口調。

「粉々に刻んでおくべきだったかな。」

 日番谷を取り巻く、空気が変わった。

「…どういうことだ、藍染… 市丸…」

 未だに信じられないのだろう。

 そう言う日番谷の声は、震えている。

「てめえら、何時からグルだった…」

 足許に倒れた雛森…

 護ると、決めたのに………

「最初からさ。」

「…てめえが死を装う前ってことか… 藍染…」

 藍染が目を細めた。

「理解が遅いな。 最初から、だよ。 私が隊長になってからただの一度も、彼以外を副隊長だと思ったことは無い。」

 冷たい声。

 怒りからだろうか?

 小刻みに震えそうになる体を押さえようと、グッと強く拳を握る。

「…それじゃあ… てめえは今迄ずっと… 雛森も… 俺も…」

 雛森は、藍染に憧れて死神になったのだ。

 幼い頃よりずっと、雛森から藍染の話を毎日のように聞かされていたのに…

「てめえの部下も、他の全ての死神達も…」

 日番谷がゆっくり振り返った。

「みんな… 騙してやがったのか…!」

 その瞳は、確かに怒りを映している。

「騙したつもりはないさ。 ただ、君達が誰一人理解していなかっただけだ。 僕の本当の姿をね。」

「…理解してなかっただと… てめえだって知ってる筈だ。 雛森はてめえに憧れてた…」

 雛森にとって、藍染は全てだったのだ。

「知っているさ。 自分に憧れを抱く人間ほど御し易いものは無い。 だから僕が彼女を僕の部下に推したんだ。」

 どこまでも、果てしなく冷たい声。

「な…」

 日番谷は言葉を失った。

「良い機会だ。 一つ憶えておくといい、日番谷くん。」

 藍染は細く笑った。

「憧れは、理解から最も遠い感情だよ。」

 日番谷の中で、何かが切れた。

ガッ

 背中の氷輪丸を手に取り。

ドン

 その霊圧を解放する。

「 ――― 卍解。」

ドッ

「大紅蓮氷輪丸!」

 その腕に絡み付いた、巨大な氷の竜。

 驚きはもうなかった。

 後から後から込み上げてくるのは、怒り。

 日番谷は藍染を見据えた。

「 ――― 藍染、俺はてめえを …殺す。」

 藍染を睨み上げる日番谷の瞳は、怒りに揺れていた。

「…あまり強い言葉を遣うなよ。」

 藍染は細く笑った。

「弱く見えるぞ。」

オアッ

 日番谷がその霊圧を一気に解放し…

ドッ

 あまりに一瞬過ぎた、その出来事。

 日番谷は己の目を疑った。

「…嘘… ……だろ…」

 いつの間に斬られたのか、わからない。

 小さな体を、衝撃が駆け抜けた。


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