大切な者

「孟起さまっ!」

 聞き慣れた声に、馬超は辺りを見回した。

 蜀の国広しと言えども、馬超をそう呼ぶ人物は一人しかいない。

!」

 まだ涼州にいた頃から自分を慕っている少女が、駆け寄ってくる。

「おかえりさなさいっ!」

 少女は馬超に抱き付いた。

 共に、蜀の将軍である。

「盗賊討伐お疲れ様でした! ご無事で何よりです!」

 花が綻ぶような笑顔で見上げる。

 馬超はやっと、帰って来たと言う気持ちになった。

 艶やかな黒髪をゆっくり撫でる。

「お前こそ、元気だったのか?」

「はい! 孟起様がお戻りになる日を、長い事心待ちにしておりました!」

 少女は笑顔のまま続ける。

「殿がお待ちです。 謁見の間へどうぞ。」

「ああ、ではまたな。」

 名残惜しいと思いつつ、馬超は少女の髪を撫でて謁見の間へ向かった。



「ご苦労だった、しばらくはゆっくり休め。 次の戦に備えよ。」

「はっ。」

 下がろうとした馬超を呼び止める声があった。

 劉備の傍らに控えた、軍師だった。

「何か?」

殿に… 縁談の話が舞い込んだのを、ご存知ですか?」

 躊躇いがちに、諸葛亮が言った。

「縁談? に…」

 驚く馬超に、劉備が罰の悪そうに首を竦めた。

「呉の後宮へ迎えたいと言う声があったのだ。」

「何かの間違えでしょう。 あんなお転婆、どこへやる訳にも行きますまい。」

 馬超が続ける。

は、この話を?」

「知っている。 とりあえずは、馬超が戻ってからと言っていた。」

 兄のような心情で見守って来た少女である。

 今更、どこか他所へやるつもりもなかった。

!!」

 姜維と何やら楽しげに話していた少女を、呼んでみる。

 ぱたぱたと駆け寄って来る少女の、頭を撫でる。

「相変わらず、犬みたいだな。」

 別に褒めている訳でもないのに、は照れくさそうに笑っていた。

 並んで、座ってみる。

 その場から見える修練場では、趙雲が兵達に稽古を付けている。

「…お前、子竜をどう思う?」

 突然の馬超の言葉に、は首を傾げた。

「強くてお優しくて、兵達にも慕われて…」

「そうではない。 男としてどう見るのか、それが聞きたいんだ。」

 馬超は密かに、を趙雲に嫁がせたいと思っていた。

「趙雲殿は、兄をお慕いする気持ちで接しています。 男の方として見た事など一度もありません。」

 きっぱりと言い切られて、馬超は少し言葉に詰まった。

「私に、縁談の話が舞い込んだのをお聞きになったのですね。」

 真っ直ぐ自分を見つめる大きな瞳。

 反らす事も出来ず、馬超は必死に言葉を探した。

「あんなお転婆、どこへやる訳にも行きますまい。」

 先程、馬超が軍師に言った言葉だ。

「お前、聞いていたのか。」

 驚く馬超を他所に、は首を振った。

「孟起さまが何と言うか、聞きたかったのです。」

 に想いを寄せる者は数知れず。

 まだ自分の手元に置いておきたいと兄心が、どこへもやりたくないと男心が言っている。

 何か言いたそうなの目を見て、馬超は小さく息を吐いた。

「…お前もそんな年頃になったんだな。 いつまでも俺の周りをうろついてないで、好きな男の所へ行ったっていいんだぞ。」

 は不快そうに眉を寄せた。

「私のようなお転婆、どこへやる訳にも行かぬのでしょう?」

「そう言う意味では…」

 馬超の声を、の言葉が遮った。

「私だって、孟起さま以外の元へ、行くつもりなどありません。」

 よく見れば、は耳まで真っ赤になっていた。

 馬超は細く笑った。

「俺だって、どこへもやるもんか。 二度と離さない。」



「…やっと、まとまったようですね。」

 軍師が息を吐いた。

「姜維、泣いていないで、後で祝いの品を二人の元へ届けて下さいね。」

殿〜…」

 姜維ががっくりと肩を落とした。



× × × × × × × × × ×



蓮翔様のリクで、馬超です。

リク、期待に添えてるでしょうか?(汗)

遅くなりましたが、28000hitありがとうございます。
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