『一個だけ、聞きたい事があるんや。』

 他に誰もいない病室。

 まっすぐな大きな瞳が、自分を見上げている。

 この場面。

 藤真は嫌と言うほど記憶していた。

 三年前、樋口と最後に言葉を交わしたのは、ではなく藤真だった。

 これは、その時の様子。

 自分の記憶を元に、夢を見ているのだろうか。

(樋口…!)

 叫んでも、声は届かない。

『オレは、が好きや。 自分はどうなんや?』

(樋口! 樋口!!)

 声にならない声。

 見えない壁の外から、三年前の会話を見ているだけ。

(何故だ! どうして届かない! 樋口…!)

『…そか。 しっかり守れや。』

 そう言って、樋口は笑った。





「樋口…!」

 藤真は叫んだ。

 同時に、夢から覚める。

「藤真。」

 聞き覚えのある声に視線を移すと。

「ま…き…?」

 体が重い。

 自分の体じゃないみたいだ。

「無理はするな。と、言いたいんだが…」

 牧は体を起こそうとしている藤真に、手を貸してやる。

「藤真さん、お疲れの所悪いんですけど、何があったのか話してくれませんか?」

 牧野となりには、いつものポーカーフェイスで仙道が座っていた。

「何って…?」

 仙道の言葉の意味がわからず、藤真は首を傾げた。

 ひどく、頭が痛い。

バン。

 勢いよくドアが開いた。

はどこだ?」

 最初に踏み込んだ三井が言った。

「大丈夫かって、一言もなしにいきなりそれですか。」

 神が続く。

 ぞろぞろと、メンバーが部屋に入って来る。

 体の大きな連中ばかりで、部屋が狭く感じられた。

ちゃんがどうしたって…」

 逆に訊ねようとして、昨晩の出来事を思い出した。

「…ちゃんは?」

 自分を見上げる、大きな瞳。

 牧は小さく首を振った。

「いないんだ、どこにも。」

 牧野言葉を、仙道が続ける。

「昨日、藤真さんが出て行くのが見えたんですよ。 追いかけて正解でした。」

 じっと自分を見上げる藤真。

 仙道は相変わらずのポーカーフェイスで続ける。

「倒れてたんですよ、半身湖の中で。 それと、湖の中にコレが…」

 藤真は目を見張った。

 仙道の言うコレとは。

 昨晩、にかけてやったジャンパーだった。

「清田。」

 突然名を呼ばれて、清田が首を傾げた。

「お祖父さんに、話が聞きたい。 例の桜の木の話だ。」

 自分が見た着物姿の女。

 突然、赤く染まった湖。

 そして、消えた

 作り話にしては、実によく出来すぎている。





「ん…」

 はうっすらと目を開けた。

「ココは…」

 ゆっくり、体を起こす。

 くすくすと、誰かが笑っている声がする。

「誰…?」

 は眉を寄せた。

「誰やて? オレが誰かわからないなんて、そんなんは言わせないで。」

 先に自分の耳を疑って、弾けたように顔を上げた。

 今の声。

 忘れるはずない、だけど信じられなかった。

 実際にその姿を目にするまでは。

 一瞬、呼吸を忘れる。

「炎…くん…」

 は辛うじて言葉を紡いだ。

 記憶の中のソレと、何一つ変わりない。

 樋口炎はを見て、にっこりと笑った。



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ちょっとだけ、PG。

ごめんなさい、藤真先輩…。

貴方をいじめたいんじゃないんです。

さて。

消えたヒロイン。

先輩が見た夢。

ヒロインの前に現れた、樋口炎。

もうちょっと、お付き合いください。

                           '05 3/31 亜椎 深雪


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